マイアの表情は依然として暗いままだった。彼女はその場で深々と一礼をする。
「お久しぶりでございます。リズベット様」
「さあ、こちらへおかけください」
ソファへ腰掛けるよう促すが、マイアは「これ以上あなた様に近づく資格がございません」と言ってゆるゆると首を横に振った。そして、表情が晴れないまま彼女は続ける。
「今のわたくしの立場でリズベット様にお会いするなど、非常識なのはわかっております。しかし、どうしてもリズベット様に謝罪したく、面会の機会をいただきました」
マイアの瞳には、悔恨と羞恥の念が映っていた。
「本来ならば、もっと早く謝罪に伺いたかったのですが、連日、事情聴取などがありましたので、遅くなってしまいました。本日、わたくしがリズベット様を害することはないだろうという判断になり、レオナルド様から面会の許可が下りた次第でございます」
「そうでしたか」
友人と言うには、あまりにも他人行儀になってしまった。
彼女の立場を思えば仕方がないことだと理解しつつも、随分と距離ができてしまったことにどうしても寂しさを覚えてしまう。
「わたくしの父が、ひいてはアールリオン家が、リズベット様やそのご家族に取り返しのつかないことをしてしまいました。そのことについて、心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」
マイアの声が震えだす。大きな金色の瞳は、涙でゆらゆらと揺れていた。
「そして、わたくしがリズベット様の本来のお立場を長年奪っていたことも、本当に申し訳なく思っております。謝って済むことではございませんが、これから誠心誠意、償っていく所存でございます」
再びマイアが深く頭を下げる。彼女が一向に頭を上げる気配がなく、リズベットは眉を下げた。
「マイア様、頭を上げてください。あなたは何もご存じなかったのです。マイア様が謝られるようなことは、何も」
その言葉に、マイアはバッと頭を上げた。彼女の顔は悲痛に歪んでおり、目からはボロボロと涙がこぼれている。
「ですが……! わたくしのせいで……わたくしのせいで、リズベット様のご家族は……!」
「マイア様のせいではありません」
確かに彼女は、家族が殺されるきっかけになった人物だ。しかし、実際に家族を殺したのはアールリオン公爵であって、彼女ではない。
そんな彼女を責めても、死んだ家族が帰ってくるわけではない。得られるものなど何もないのだ。
リズベットは立ち上がり、マイアのそばに近寄った。彼女は数歩
「お友達ですのに『リズベット様』なんて他人行儀で寂しいです。以前のように、リズお姉様と呼んでいただけると嬉しいのですが」
「出来ません! そんな……わたくしにそんな資格はございません……!」
「マイア様」
リズベットは彼女の手を取って、にこりと微笑みかける。
「マイア様の今後の処遇がどうなるかまだわかりませんが、もし王都に残られることになったら、大聖女の先輩として、色々とご享受いただけると嬉しいです」
「どうして、あなたという方は、そんなにもお優しいのですか……?」
マイアの瞳からより一層涙が溢れてくる。泣きじゃくる彼女を、リズベットは優しく抱きしめ、頭を撫でた。
「リズお姉様、ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
マイアは胸の中で泣きながら謝っていた。何度も、何度も。
そして面会終了の時間になり、彼女は監視役に連れられ部屋を出ていった。
リズベットがソファで一息ついていると、向かいに座ったグレイが困ったように眉を下げて笑う。
「お人好しめ」
「マイア様を恨んでも、どうにもならないもの。首謀者は捕まり、罰を受ける。それで終わり」
正直なところ、アールリオン公爵への怒りはあれど、今はそれよりも、これ以上怯えて生活しなくていいという安堵の方が大きかった。
やっと前に進める。そんな感じだ。
「気が変わったら言え。お前が望むなら、いつでも殺してきてやる」
グレイが言うと、全く冗談に聞こえないので笑えない。
そして彼の気持ちを考えると、自分の行いが正しかったのかわからなくなる。
「……ごめんね。私が許せば、グレイは何も言えなくなってしまうのに、勝手に許してしまって」
リズベットが表情を暗くしてそう言うと、グレイはフッと優しい笑みをこぼした。
「んなこと気にするな。俺はお前が良ければそれでいい」
「ありがとう、グレイ」
結局、いくつになってもグレイには甘えてばかりだ。彼には本当に、感謝しかない。
「グレイ。今まで私のこと、ずっと守ってくれて本当にありがとう。私の知らないところでも、ずっと守ってくれてたのよね。本当に、本当にありがとう」
「いいよ、礼なんか。俺がやりたくてやってたことだ」
(早く諸々落ち着いて、グレイを自由にさせてあげられたら良いんだけれど……)
そうは思うが、アールリオンの裁判は自分にはどうにも出来ないことだ。今は待つしかないだろう。
そんなことを考えていると、不意に扉を叩く音が聞こえてきた。
「俺だ。入っていいか?」
「レオ様!? ど、どうぞ!」
レオナルドが昼間に訪ねてくることなど、今まで一度もなかった。それほどに多忙を極めていたのだ。それを知っているが故に、リズベットは彼の突然の来訪に驚きを隠せなかった。
慌てて扉の方に駆け寄ると、入ってきたレオナルドにそのまま抱きしめられる。
「リズ、会いたかった」
突然抱きしめられた上に耳元でそう囁かれ、リズベットの顔は一気に赤くなった。グレイもいるので、余計に恥ずかしく感じる。
「!? ど、どうされましたか!?」
「疲れたから充電させてくれ」
「それなら、治癒魔法を…… 」
「いや、このままで」
レオナルドはそう言って、リズベットを離そうとしない。一ヶ月まともに会えていなかったのに急にこんな状況になり、リズベットは頭が沸騰しそうだった。
彼の腕の中で硬直していると、グレイが不機嫌そうな声を出す。
「おいおい、お熱いところ悪いんだが、俺の存在忘れてないか? 邪魔者は消えろって?」
「忘れてはいない。お前に話があって来た」
「は? 俺?」
充電が終わったのか、レオナルドはリズベットを離す。
「リズ。グレイを少し借りていいか?」
「は、はい。もちろんです」
一体何の話をするのだろうと不思議に思いつつ、リズベットは二人を見送った。