見知らぬ男性……のはずだった。だが何故か何処か懐かしい……いや、会ったことは無いはずだったが、その雰囲気から懐かしさを感じた。
見た所……四十……五十代ってところか。
「……えーと……あなたは?」
「ディオと申します。ご無礼をお許しください、お付の方に通していただきました」
「そうですか……それは?」
よく見ると、ディオと名乗る男性の両手には美味しそうな料理が乗っていた。もう数日間何も食べていない、その体にこの匂いはかなり効くな。……思わずお腹が鳴ってしまう。
「ああ、お付の方が『もう何日も食べていないはずなので持って行ってください』と」
「なるほど」
あいつめ、いらない気を回したな……まあここ数日食べてないし、それに腹が減っては何も話が入ってこないのは確かだ。
「……少し汚いですがどうぞお入りください」
「失礼いたします」
私はディオさんから料理を受け取ると近くの椅子に座ってもらい、私はテーブルに料理を置くと食べ始める。
「それで?今日は何用で?」
「……先日、国王が亡くなりました。そのことは?」
私の眉がピクっと動く。
「……私は教会の編纂者でずっと王宮内に勤めていたんです。知らないとでも?」
「申し訳ない!で、話というのは……その国王の事なんです」
「と言いますと?」
「……驚かないで聞いていただきたい。実は……私は国王のもう一人の……息子なのです」
「……」
私は空腹だった影響か料理をすぐに食べ終えると、煙草を咥え火を点けて吸った。
「……フゥー……なるほど?」
「驚かないんですね」
「普段だったらかなり驚くでしょうね。ただいまは何も食べてないじょうたいで驚く体力も無かったんですよ。……それで?あなたが国王が残した……もう一人の息子であるという証拠は?」
「ありません。生みの母は赤ん坊の頃に亡くなり、仲が良かった育ての母が引き取ってくれたのだと言っていました。そしてその育ての母が言うには母は死ぬ間際、私は亡くなった国王の子だと言ってたそうです」
「なるほど」
つまり、国王の息子だと証明する方法は無いと。
表情から察するに軽口を叩いているようには見えない……か。
でも仮にそれが事実だとしてそれを私に言う必要性がないのも事実。
じゃあ、何しに来たんだ?
「それが本当だと仮定しましょう。それと今日私に会いに来た理由とどう関係あるんですか?」
「今日来たのは……とある依頼をするのが目的なんです」
「依頼?」
「教会の編纂者は時に王国に関わることなら王国の外に出て調査をすると伺いました」
「まあ、そうですね。必要であれば」
ただそれはあくまで王国外調査の編纂者がやるべき仕事であり、王宮編纂者の私がやる仕事ではない。
「ミラフェス殿には父、ファスコ国王の過去、英雄と呼ばれるに至った魔王討伐について調べて欲しいんです!」
「……!」
驚いた。それは私がつい数日前、本来なら実際に討伐した国王にするはずだったことだ。
つまり、それを死んだ本人ではなく、各地に受け継がれる噂や当時を見た人に聞いて調べてくれということだ。……冗談じゃない。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「何故ですか!」
「人の記憶というのは曖昧なものです。日々変わり、伝聞ならなおさら不確かになる。国王本人に聞けるならともかく、噂話だけを集めた書物に価値はありません」
「そんな!でも例えばですよ?本人の話が荒唐無稽過ぎた場合、逆に周りから話を聞いてその話が本当なのかと確認することもありますよね?」
「確かに、ですがそれも本人が喋っている前提があるからこそ周りの話に価値があるのであって、本人の話がない時点で価値があると思いますか?」
「……」
「それにです。国王本人から聞けてないだけで他の編纂者が各地に散って魔王討伐についての編纂は行っているのでは?わざわざ私が一から調査し直すことに価値があるのでしょうか?」
「……あります」
「というと?」
「シャナディアの森……と言うのはご存じですか?」
シャナディアの森、魔王討伐でも道案内として同行したエルフが住まう森だったか。
「知ってます。それが?」
「エルフは長命。60年も前の事、人間なら亡くなっているか、記憶が曖昧になっているかもしれない。でもエルフなら当時の事を多少記憶違いはあるかもしれませんが人間よりは覚えているのでは?」
「まあ……確かに。でも編纂者が調査に行っているのでは?」
「それが……ないんです、記録が」
「どう言う意味です?」
「誰一人シャナディアの森についての調査記録を書いていないんですよ」
「……」
そういえば、シャナディアの森に住まうエルフは元々人間嫌いで有名だったな。
確か魔王討伐で道案内するのにも大昔に戦闘は参加しないが道案内だけはせよという盟約が結ばれていたから……だったはず。
教会とエルフでは信ずるものが違う、編纂者が入れないのも無理はないか。
それに盟約で協力していただけだ。戦争が亡くなった今、協力する理由もなくなったから今更人間を入れる理由もない……か。
「なるほど、でも私が行ったところでシャナディアの森のエルフに話を聞ける保証がないでしょう?」
「私の名前を使ってください」
「おっしゃっている意味が」
「どうやら私は赤ん坊の頃シャナディアの森に行っているようなんです。私の事を知っているエルフなら話を聞いてくれるかもしれません。ファスコの息子のディオの使いであると」
「なるほど」
もし本当に一度会ったことがあるなら話が出来る……そしてどの編纂者でも出来なかったエルフ族に魔王討伐に関する歴史が編纂できる……か。
試してみる価値はあるな。
「一つお伺いしたい、ご自分は何故いかれないのですか?自分で行けばすべて話が早いでしょう?」
「……ああ、実は私、母の店を手伝っているのですが。母の体調があまりかんばしくなくて店を空けられないんですよ」
「その店とやら、名前は?」
「オリッサと申します」
「え!?じゃああなたはオリッサさんの息子さん!?」
「ええ」
オリッサ。私が住むこの王国で何故か唯一開かれている薬草や魔法薬を売っているお店だ。
私の母ももう亡くなっているが昔から病弱であった。だが体調が悪くなるとオリッサさんの店に行っては薬を貰っていたのだ。
もう母は亡くなってしまったが……現在私個人でも利用しているくらい大が付くの恩人である。
「体調は……大丈夫なんですか?」
「はい、動けはするんですが。昔のように長く店に立てないので今は私が代わりに店番をしてるんです」
「……なるほど、因みに何故私なんですか?他にも編纂者はいるでしょう?」
「母が言ってました、ミラフェスさんは幼いころから見ているから信用できると」
「はぁ……」
まあ、幼いころからオリッサさんには世話になっている……なるほど、教会で王宮の編纂者になった私の仕事ぶりもちゃんと見てくれたんだな。
「分かりました。そのご依頼お受けいたします」
「ありがとうございます!」
「ですが……私の性格なんですが、他の編纂者の魔王討伐に関する記録との整合性を確認するために一から調査することになります。期間がだいぶかかりますよ?」
「問題ありません。それではこれを」
「え?」
ガシャン!
ディオさんはバッグより大きめの袋を取り出すとテーブルに置いた。置いた音から察するに……大量の金貨なのだが……多すぎないか?
「えーと……これは?」
「準備や道中宿泊するのにお金が入用でしょう?前金です」
「……なるほど?」
「成功報酬として、倍額をお支払いいたします。私の人生にも関わるので、これぐらいはお安い御用です」
「……はは……ははは」
人生に関わる……ねえ。
確かに今回の魔王討伐に関してエルフの話が聞ければ書物としての完成度は飛躍的に上昇するだろう。だが、それでディオさんがファスコの息子である証明になるかは保証出来ないんだがなあ。
まあ……もしこの話が本当だとして、証明出来てしまえばディオさんは国王の血を継いだ正統な王位継承者になるんだから後々の事を考えれば安い……のか?
「ではよろしくお願いします」
そう言うとディオさんは部屋を後にした。
「おやあ!ミラ君!元気かい?」
「ええ、元気ですよ、オリッサさん」
数日後、私は準備の為に方々駆けずり回っていたのだが、長く王国を留守にするためオリッサさんの元を訪ねていた。
前回、ディオさんがオリッサさんの体調が悪いと言っていたため確認したかったのだ。
「ディオさんの依頼でこれから発つんですが、ディオさんからオリッサさんが少し具合が悪いと」
「あらあらそんなことないわよ!あの子ったら心配性ね!」
「でももうお年なんですからご自愛してくださいね?」
「分かってるわ、ミラ君も調査よろしくね」
「はい」
簡単な挨拶を終えて、店を後にしようとした時だった。
「ミラ君」
「はい?」
「あの子の依頼だから、止はしないけど。気を付けなさい。人には知られたくない過去というものがあるのよ。そしてその事実が他の人の人生を変えてしまうこともある。だけど……時には人を救う事にもなるんだ。薬草や魔法と同じようにね」
「……はあ」
何を言ってるのか、分からなかった。
恐らく死んだ人間の過去を穿り回すのは余り許された行為ではない……と言いたいのだろうか。
だが今回の件は恐らく王国民すべてが知りたいであろう魔王討伐に関するすべてが分かるかもしれない旅なのだ。私としてももう引き返すことはもうできない。
「……気を付けます」
そう言うと私は王国を出立し、魔王討伐に関する調査に赴くのだった。
……だがこの時の私は知らなかった。
この調査が、王国の歴史そのものを覆すことになるとは。