「おやおや、もうそんな時期になりましたか。伝教師様」
「いえ、今日は別の要件で伺いました」
私が訪れたのは、ディケーニア王国からほど近いミロトスという村だった。
王国に近いながらもかなり質素であったらしいが、英雄の誕生と共に一気に人口が増え、今では王国随一の観光地となっている。
また村の中央にはファスコ国王の石像が建てられており、この村においてどれ程の存在だったかが分かるレベルだ。
何故この村に来たのか。簡単だ、ファスコ国王の生誕地であり、英雄誕生の地だからだ。
今回の調査の目的は魔王討伐の最期の証言者であるエルフから話を聞くこと。だが私の性格的に今までの編纂者が集めた記録についても一度確認したかったのだ。
そのため、まずはファスコ国王が生まれ英雄として魔王討伐の旅に出る出発地点であるミロトスに来たかったのだ。
因みに今回相手をしてくれる村長が言った『伝教師』とはいつも調査をする編纂者とは別の存在である。
「私は編纂者であり伝教師ではありません。編纂者が記録を集める存在なら、伝教師はそれを他の村やその伝説が生まれた場所で正しく伝えるのが役目です」
「そうなんですか」
伝教師の仕事の一つとして定期的に村々に訪れ、編纂者が集めた話が間違って編纂されてないを確認するというものがある。
書き手によって表現が変わるためだ。そして後から新しい事実が生まれていた……そんなことも日常茶飯事なのでそれらを編纂者に伝えるのも仕事の一つである。
「我々は歴史を集め編纂する。でも昔知られてなった事でも今になって明らかになる……なんてこともよくある話でして、本来は伝教師の仕事なんですが、内容が内容なので今回は王宮の編纂者であるわたしが直々に」
「なるほど……でもなんで私が今聞かれた所で新しいことは何も」
「ああ、私の性格故ですよ。他の編纂者は知りませんが、私の場合、一度調べ直すなら最初から……その方が一部だけ調べるより確認が簡単ですから」
「なるほど」
今回私は初めて嘘をついた。
言えるわけがない。国王のもう一人の息子が現れ、父親の過去について調べるように依頼されたなんて。だからあえて私は教会が定期的に行う、報告書の調べ直しの事を使い、信じてもらったのだ。
今回の件、教会にもディオさんの依頼とは言っていない。あくまで国王が死んだ今、国王に関する歴史書の編纂として今一度魔王討伐に関する今わかっていることを確認し直したい……という嘘をついた。
だが後悔はしていない。エルフの森に行けば……必ず……ではないかもしれないが新事実が分かるはずなのだ、行く価値がある以上わたしに行かないという選択肢はない。
「では取材を編纂者の報告書と照らし合わせながら行っていきます」
「分かりました」
そうしてミロトスの村長の取材が始まった。
英雄ファスコの場合。
と言っても私はまだ当時幼く、すべてを知っているわけではありません。
当時の村は今とは違い、王国に近いながらも少し質素な生活をするような村でした。
私もまだ子供でしたので、他の村の子供と遊ぶなどの生活をしているだけでした。
でもその中にファスコ様も一緒に居たことは覚えております。
あの時は齢……十七……十八だったでしょうか、見るからに好青年、大人たちの仕事を手伝う傍ら、私たち子供の遊び相手になってくれていたのです。
ですが当時の私は一つだけ分からないことがありました。
ファスコ様一家だけは村から少しだけ離れた森の中に住んでいたのです。毎朝そこから出てくると、大人たちの仕事を手伝い、時には私たちと遊び、そして日が暮れると帰っていく。
他の人たちは全員、この村の中に家を持っています。ですからなおさら何故ファスコ様だけがあのような場所に住んでいるのか気になって仕方がありませんでした。
そこで当時村長だった、私の父に聞いたのです。
「なんでファスコは村の外れに住んでいるの?」……と。
父はこう答えました。
「私の恩人の頼みなんだ、理由は言えないが時期が来るまでこの村で匿ってほしいとね。村の中で匿う……と言うのもあるけど、村の外なら村で何かが起きた時にすぐに逃げられるだろ?」
この時の私はこの父の言葉の意味が分かりませんでした。しかしこの後起きること、そしてファスコ様が英雄になる過程を考えたらすべてわかる気がするんです。
数週間後の事です。父が恐れていた事態が起きてしまったのです。
私たちが住むミロトスの隣の村が魔族の襲撃を受け、壊滅しました。生存者はいません。この村は魔王城よりも魔王の軍勢の最前線よりも離れているはずなのでこの報告は衝撃的だったはずです。
父はその夜、大人たちを集めて会議を開いたそうです。ですがそこで何が話し合われたのですが、私は知りません。
そして数日後、隣の村を襲った魔族がこの村に来たのです。
ですが一匹でした。どうやら魔王軍と何かあって追放されたらしいんですが、それで自由に人間の住む村を襲っていたそうなのです。
そして魔族はこの村に来ると村長である父にこう告げたそうです。
「選択肢をやる、この村の女を近くの洞窟に連れてこい。断るなら……皆殺しだ」
当時の私は隠れていたので、父がこの提案に対しどう迷い、考えたのかは定かでは会いません。ですが、その日を境に村から女性が消えた事を考えると、父はこの村の存続を考え女性を捧げる選択肢を取ったのでしょう。
または、一時的に従うふりをして王国から騎士が来るのを待っていたのかもしれません。
そして村から女性が消えることになるんですが、ファスコ様一家は村から離れて暮らしていたおかげか魔族に見つからずに済んでいました……その時までは。
ですが、魔族がこの村を訪れて、女性を連れて行ってから、約一週間が経った頃です。まだ王国から応援は来ない。耐えるしかない……と思っていたころ、魔族が偶々村から離れた一軒家を見つけてしまった。
そして……偶々ファスコ様のお母上が入るところを見てしまったのです。
ファスコ様のお母上は当時の私が惚れてしまうほどの美貌の持ち主でした。魔族の標的にならないはずはありません。
魔族はすぐにファスコ様の家に行くと強引に連れて行こうとしたそうです。
「いやああああああ!」
「やめろ!やめろ!やめろおおおおお!」
大きなな悲鳴と物音、誰が見ても争っているのは明らかでした。唯一良かったのは……この時ファスコ様は村で仕事をしていたのでこの時の家の中の様子を知る術がなかったことでしょうか。
そして約五分ほどが経過した後、物音が完全に止むと……魔族が気絶したファスコ様の母上を担いで出てきました。大人たちが調べたところ、必死に抵抗したのでしょうお父上は亡くなっていたらしいです。
そして数分後、ファスコ様がその事実を知ることになります。
「……」
ファスコ様は何も言いませんでしたが、体を震わせ、顔を紅潮させていました。かなりお怒りだったのでしょう。
そして何を思ったのか。村の教会に走って行ったのです。
この村の教会にはかつて魔族と人間の仲介役を務めた英雄が使っていた英雄の剣が納められていました。英雄がこの村に預けていったという話が残っております。
ですがこの剣、見た目は普通の剣なのですが、誰が持とうとしても重たく持てなかったそうなのです。恐らく剣に認められたものにしか、持てないようになっているのでしょう。
ですが、教会から出たファスコ様を見て私含め全員が驚きました。
誰も持てないと思っていた剣を持っていたのですから。
そして全員が驚きとこれならあの魔族を倒せるのでは?という希望の視線を受けながらファスコ様は一人魔族が住み着く洞窟に向かって行ったのです。
……その後、あの洞窟で何が起きたのかは誰も知りません。怖くて見に行くものは居ませんでしたから。
一時間後、血まみれになったファスコ様が皆の前に戻ってきたのです。
無事魔族は倒せたのでしょう。魔族の首とお母上を担ぎ、後ろには解放された村の女性たちが居ました。
それを見た村人たちは安堵し、各々自分の娘や妻を抱きしめに行きました。
……しかし、ファスコ様のお母上は、殺されていたのです。理由については今なお不明です、洞窟内で抵抗したのか、それともお母上に何かしらの力がありその力に魔族が恐怖し、殺したのかもしれません。
ですが、結果的にファスコ様のお陰でこの村は救われました。村人はファスコ様が英雄の剣に認められて村の英雄になられたことを祝って宴を開こうとしました。
ですが……。
「俺の母を殺したのは魔族だ。魔族が居る限りこのようなことは続いていくだろう。なら俺はこの永遠と続く戦争を終わらせるために旅に出る!すべての魔族を駆逐し、戦争を終わらせる!」
そう宣言したファスコ様は数日間準備をした後……この村を旅立ったのです。
……以上が私の知るファスコ様の全てです。
「……とこんな感じでしょうか?」
「はい、ほとんど報告書とも差異はありませんね。よく覚えてらっしゃる」
「あははは……そりゃ幼いながらも自分の目で見てますから」
村長との話と報告書にほとんど差異はなかった。つまりそこまで記憶にこびりついているのだろう。
村を襲った魔族、そして母を奪われ英雄の剣に認められたファスコ。英雄の誕生譚としては十分書いても良い内容だ。だが、肝心の洞窟内での出来事はファスコ国王が居ない今、証言できるものは居ない。
と言ってもここまでの事はすでに編纂されており皆知っていることだ。とすると国王にとってこれぐらいは隠すまでもない事実になる。
では、もっと重大な秘密がこの魔王討伐に隠されていることになる。……ますます興味が湧いて来た。
だが……ここまで聞いても何故ファスコ国王の母親は殺されたのか分からない。
他の女性は皆生きていた……つまり魔族は何らかの理由でファスコ国王の母親を脅威と見なして慰み者にするより殺すことを優先したということになる。
だけどこれまでの編纂記録からはその理由については一切書かれていない、つまりこれまでの調査では一切分からなかったということだ。だとすれば……これから向かうシャナディアの森のエルフに聞けば何か分かるのだろうか。
……いや、分からないが、行くしかない。
「私も書物にしたためてみますかな」
「それは良い!歴史とは伝聞で伝えられることも多いですが、伝わる人が多くなればどうしても内容が変わってしまう。でも書物に残せば確実でしょう」
「そうですか……なら頑張ってみます」
そして私はミロトスに一泊すると、今度はファスコ国王が討伐パーティーに最初に入れた盾の英雄、トラヴィス誕生の地に向かった。