ウィートン。英雄ファスコが最初に訪れた場所であり、生涯にわたって親友となる盾の英雄トラヴィスが生まれた場所である。
元々は英雄トラヴィスが誕生した際、魔王の軍勢の襲撃により一旦は壊滅したらしいが、戦争終結後、元村民が自主的に戻ってきており、今では風光明媚な麦畑が広がる村に戻ったとのことだ。
さて、今回話を聞くのはその英雄トラヴィスの妹であり、現在ウィートンの村長を務めているエレナさんである。
「お待たせして申し訳ありません」
村の喫茶店で待っていると私を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「いえいえ……え?」
驚いた。噂では聞いていたけど、英雄トラヴィスの妹……ここまで美しいとは。腰まで伸びた金髪、それに身だしなみや所作からちゃんと教育を受けたことが分かる。
年齢にしてもう五十台になっているはずだが、まだまだ美しさは保っている。もう少し若ければ私も惚れていたかもしれない。
ただ、一つだけ違和感を感じた。歩き方がぎこちないのだ。……もしかして。
「もしかして……目が?」
「ええ、大昔の魔王軍の襲撃、その際両親を失ってしまったのですが。それ以降目が見えなくなってしまいました」
「なるほど」
「それで、今日はどのような御用件でしょうか?」
「はい、ファスコ国王は亡くなったことについては?」
「……はい存じております」
少し力のない返答だった。親友の妹だったのだ、恐らく戦争が終わった後も定期的に会ってくれていたのだろう。
「それで今国王に関する歴史の編纂作業をしているのですが、私は今魔王討伐に関する確認作業をしているのです」
「確認作業……ですか?」
「普通の書物の確認作業だったら伝教師が行えばいいのでしょうが、ファスコ国王が英雄になった魔王討伐に関する物ですので、王宮の編纂者である私がやることになったのです」
「なるほど」
……ああ、またもや嘘をついてしまった。このように美しい女性に嘘をつくのは……何か心に来るものがある。だが真相を知るには仕方がない。
「では私は何をすればいいのでしょか?」
「はい、ここに過去編纂者が書いたあなたが過去に証言したファスコ国王のこの村での戦いぶりについて書物があります。国王の正式な魔王討伐に関する書物にするためにもう一度証言をしてもらい内容と差異が無いか確認したいのです」
「なるほど、分かりました」
そうしてウィートン村の村長エレナさんによる証言が始まった。
盾の英雄トラヴィスの場合。
「にぃに!」
「エレナ、手伝ってくれるかい?」
「うん!」
当時私は、大好きな兄と一緒に両親の麦畑のお世話を手伝っていました。昔のウィートンは今と同じように広大な麦畑が広がっている村でして、私の両親は広い麦畑の一つを任されている立場でした。
そんな両親を手伝う兄を見習って私も畑仕事に従事していたのです。
と言っても麦畑は余り管理しなくても問題ない物ですので、その傍ら両親が所有する小さい畑で育てた植物の管理がほとんどでしたけど。
朝早く起きて農場に向かい、夕方に帰り家族で食事をし、夜には兄と勉強をする。
これが私の幸せでした……あの日までは。
ある日、お昼の食事で一旦家に帰宅する途中の事でした。
「きゃあああ!」
村の入り口より大勢の悲鳴が響いてきたのです。
魔王の軍勢のによる襲撃でした。
ですがその事に両親は酷く驚いていたはずです。
何故ならこのウィートンは魔王城と王国との中間地点にある村でしたが、魔王軍は戦争が始まってから人間側の最前基地である魔法使いの森であるルーネンハイムより先に進軍することが出来なったからです。
しかもこのウィートンは中間地点と言っても少し外れた場所に位置します。いくらルーネンハイムが突破されたと言ってもわざわざこの村を襲う必要が無いと考えられてきました。
それなのに、襲撃が起きた。当時の私は何も分かりませんでしたが、恐らく魔王軍は進軍に必要な食料の確保の為にここを襲ったのだと……今は思っています。
「……隠れるぞ!早く!」
父はそう言うと母は私と兄を守るようにまずは最低限逃げるのに必要なものを取りに家に急ぐことにしました。
すぐさま森に逃げるべきだ、本来ならそう思う物でしょう。ですが当時の私はただ父の指示に従うだけで精一杯だったのです。
……しかし、この判断が最悪の結末になるとは私もまだ知りませんでした。
急ぎ家に着いた両親はすぐに一週間分の食料、変えの服装をカバンに詰め込むと私と兄を連れて家の外に出ました。
「……おい!まだ生きてる人間いるぞ!」
「……!」
最悪の展開でした。
もしあのまま森に逃げてさえいれば見つかる可能性はずっと少なくなっていたはずです。焦って荷物を取りに行った父の判断ミスでした。
周りをよく見ると、すでに他の村人たちは蹂躙された後であり、そこら中に飛び散った血や遺体の一部が散乱していました。
先ほども言った通り、この村は村人たちにも王国側からも魔王軍の標的にはならない場所であろうと考えられていたため、防衛の為の騎士も最低限しか配置されていませんでした。
その騎士たちも成す術もなくやられていたことからこの魔王軍の軍勢もそれなりの実力者であることが分かりました。
「……」
ものの数秒で私たち家族は魔王軍の軍勢に囲まれてしまいます。
「助けてくれ!息子と娘だけは!お願いします!」
「私たちはどうなっても構いません!どうか!」
両親は必死に私たち兄弟だけでも助けるように命乞いを始めました。
あの時の両親の表情は今でもおぼろげに覚えております。
ただあの時の私はそれよりも自身の早くなる鼓動と体の重さの方が強かったと記憶しているのですが。
「……そうか……分かった」
「……あ、ありが……」
ビュン!ブシャアアア!
軍勢の幹部の者でしょうかニヤリと笑うと大きな剣を振り上げ……父の首を跳ね飛ばしました。そしてボトン……と父の首は地面に落ちました。
「あ……あ……ああああああ!」
「お前は……こっちだ!」
「や!やあ!やああああああ!」
父を目の前で殺されたことで錯乱した母は魔王の軍勢に引きずられるように連れていかれました。
「兄貴!こいつらはどうしやしょうか!」
残った軍勢が私たち兄弟の方を見て指示を仰ぎました。
「そう……だな。男の方は殺して構わねえ、女はこっちに連れてこい!」
「へい!」
幹部がそう指示すると、軍勢の魔族は剣を手に取ると私たち兄弟に近づきます。
「や……や……やめろおおお!」
兄は私を守るために魔族に立ちふさがりました……意味が無いことは知っていたはずですが、私を守るためならなんでする気だったのでしょう。
「残念だったなあ!さよな……ら……あ?」
魔族が剣を振りかざした……その時でした。
ブシャアアア!
振りかざした剣を持つ右腕が吹き飛んだのです。
「あ……あ……ああああああ!俺の腕があああああ!何がああああああ!」
腕を失った魔族はその場に跪きます。何の前触れもなく腕が飛んでいった様子を見て他の魔族も驚愕している様子でした。
「お前ら……魔王軍の本隊……だな?」
いつの間に現れたのか、私たちは気づきませんでした。でも確かにそこに居たのはオレンジ色に輝く剣を手にした……ファスコ様だったのです。
「なんだお前!何処から現れ……」
ビュン!ブシャアアア!
「ぎゃああああああ!」
「黙れ」
ビュン!ビュン!ビュン!
ファスコ様はいきなり現れると次々と魔族を切り刻んできました。その様子はまるでお伽噺に出てくるような危機になると現れる英雄のようでした。
まあ、少しずつ魔族の血で血まみれになりながらも怒りの形相で戦っていくファスコ様に少し恐怖を抱いたのは秘密ですけど。
……ですが、そんなファスコ様でもたった一人でこの軍勢を相手にするには無理がありました。途中から魔王軍は戦略を変えて、ファスコ様を物量で押しつぶす作戦に出たのです。
これがてきめんでした。押され始めたファスコ様は防戦状態になってしまったのです。
ファスコ様が再び私たち兄弟の元に押され始めた時でした。
不思議な出来事が起きたのです。
ガシャーン!
突如、教会のガラスが内側から破られたのです。そしてそこから飛び出たのは……今ではもう有名になっている英雄の盾でした。
ひとりでに飛んできた盾はそのまま飛ぶと私たちの元へ現れました。
この盾はおよそ100年前に英雄と呼ばれた人物がこの村の教会に預けたとされる盾でした。しかし、英雄に認められたものにしか持てないらしく長年盾を扱える人間は居なかったのです。
その盾が今動き、兄の前に降り立った……まるで兄に『私を使い、守るべきものを守りなさい』と言っているかのように。
しかし、兄は迷っていました。……いえ、正確には戸惑っていたように見えたんです。
当たり前です。兄は今まで農作業しかしたことがありません、戦う技術なんて何一つやったことが無いんです。
自分に戦えるのか……私を守れるのか……自問自答していたはずです。ですがそんな兄をファスコ様は勇気づけようとしたのでしょうか。兄に語りかけました。
「取れ!俺を見て分かるだろ?このままじゃ全員死ぬ!その子は妹だろう?ならまずは妹を守るために立ち上がれ!」
「でも戦ったことなんて!」
「安心しろ!俺だって戦ったことは無い!でもこの剣はそんな俺に戦い方を教えてくれた!その盾は自分で飛んできたんだ!ならお前に戦い方を教えてくれるはずだ!」
「……でも!」
「…………死にたくなければ前に進め!もう後ろに道はないんだよ!前にしか道はない!その道がどんな道だろうが俺が支えてやる!歩く方法を教えてやる……戦ええええ!」
「……はぁ……はぁ……ああああああ!」
その言葉に勇気をもらったのか。兄は雄たけびを上げると盾を持って突っ込みました。
ガン!……ドーン!
その時、不思議なことが起きました。兄が盾を構え、魔族に盾をぶつけた瞬間、見えない力で魔族が吹き飛んだのです。
「……」
「……」
それを見たファスコ様も兄も驚いていました。兄に至っては今のを自分がやったとは思えないという様子でした。
ですがファスコ様はそれを見て笑顔になり。
「やればできるじゃないか!……まだ魔族は残ってる、行けるか?」
「……はい!」
その後、先ほどの劣勢が嘘かのように二人の攻撃は次々に魔族を蹂躙していきました。
どんなに数が多かろうがまず兄がそれを受け止め吹き飛ばす、そして崩れたところをファスコ様が止めを刺す。
兄も最初は戦い方が分からずにただ盾を構えるだけでしたが、戦いの中でコツをつかんだのか、盾が兄に教えているのか、徐々に兄の動きが変わりだしました。
結果的にファスコ様と兄は長い間、ずっと戦ってきた戦友化のように息が合うと、魔族を蹂躙する速度が上がっていきました。
そして、約三十分がたち、辺りには魔族の亡骸しか残っていない状態になって私は助かったのだと、生き残ることに成功したのだと認識出来ました。
その後、母を探しましたが、どうやら母は魔族の慰み者になるくらいなら父の元へ行くことを選んだのでしょう、自ら死を選らんでいました。
そして村は崩壊、生き残ったのは兄と私のみ。
これからどうなるのかと不安で仕方がない我々でしたが、ファスコ様よりもし兄がこのままファスコ様と魔王討伐に同行してくれるならファスコ様の故郷で引き取っても良いと提案してくれたのです。
帰る場所が亡くなった我々にとってその提案は素晴らしい物でしたが、兄としては私と離れ離れになることに不安を感じていました。
しかしファスコ様は言いました。
「ここも襲撃をされたってことは、魔王の軍勢は近くまで来ているってことだ。俺のいた村なら王国とも近いしいざとなれば王国に逃げることも可能だ、それにお前は盾に認められた……この戦争を終わらせる大事な戦力として認められたってことだ。選ぶのはお前だが……どうする」
兄はそれを聞くと、何か決意したのでしょうか。ファスコ様に同行し、魔王討伐に参加することに決めたのです。
まあ、後から聞いた話ですが。どうやら兄はこの時、ファスコ様に自分と妹を助けてくれたという恩があって、それを返すためにこの度参加したらしいのです。
ですが今となっては過ぎた話、今ではファスコ様とよき友となっております。
以上が私の知る盾の英雄トラヴィスについての全てです。
「いかがでしょうか?私も記憶力に自信がある方では無いですが、いつでも村人に教えられるようにちゃんと村長としてこれだけは覚えているように努力しているのですが」
「ええ、十分。過去の調査報告とも差異はありません。よく覚えていますね」
「……」
「どうかしました?」
「今日に至るまで何度も村人や子供たちにお兄様の伝説を話していたのですが、自分でも記憶が曖昧になっているのです。やはり書物に記した方が良いのでしょうか?」
「……そうですね。編纂者としても伝聞では正確性に欠けることもあり当時のことを記す書物などがあれば信頼度も上がるとは思います。そのために我々編纂者は教会の代表として書物を編纂していますし。ですが……エレナさんは目が見えないでしょ?書き物は出来るのですが?」
「それは問題ないかと、夫に頼んで文字に起こしてもらえば」
「そうですか!ではまたいつか……その書物が完成した時、読みに越させていただきます」
そう言うと私はいつも通り、ウィートンに一泊する。
そして次の日、私は魔王討伐に関して最後の記述となるシャナディアの森に向かった。