「……はぁ」
無事、多くの魔法使いが集まるルーネンハイムにやってきたは良かったが、ここで壁にぶち当たってしまった。
当時の編纂者に話を聞いた魔法使いは、すでに亡くなっていたのだ。
では当時を知る他の者に話を聞けばいいではないか……となる。
だがどうやらこのルーネンハイム、当時は人間側の領地としては魔王城と目と鼻の先、つまり最前基地となっており、多くの魔法使いも魔王討伐で駆り出されていた。
しかし、今はもう戦争はなくなっている。
つまり魔法使いがこのルーネンハイムに留まっている理由もないのである。つまり今この土地に戦争当時の事を知っている魔法使いが居ないのだ。
まあ確かに、私が子供頃から王国にもたびたび魔法使いが訪れていたことも考えると当たり前のように感じる。
つまりこの報告書の中身の真偽を確かめるすべがなくなってしまったのだ。
……さて、どうするか。
このままシャナディアの森に赴いてエルフに話を行くこともできる。
だがそれは私の性格が許さない。この報告書は私が編纂したものではない以上、もう一度調査をするにあたって、私の目でこの報告の内容を精査したいのだ。
「はぁ……何処かに居ないかなあ。ここに来れば……何か知ってる人がいると思ったけど」
私は他に当時の事を知ってる人がいないか酒場に来ていたが、何処を見回しても若者の魔法使いしかいない。……どうやら当てが外れたようだ。
「……今日は帰るか。明日別の場所を当たろう」
「あれ?ミラフェス様?」
「え?……フィー?」
私に声を掛けたのは王国のオリッサの店にもよく来ていた魔法使いのフィーだった。
「何故ここに居るんですか?」
「だって……ここが私の故郷ですから。今は魔法の勉強をしつつここで働いているんですよ」
「なるほど」
そりゃそうか、フィーは魔法使いだ。私が知ってるところで王国周辺でここまでの魔法を学べるのはルーネンハイムしかない。
ならここに居るのも普通か。
「それで?今日は何用でここまで来たんですか?教会の仕事ですか?」
「……」
フィーが知っているようには思えない。でもフィーは魔法使いだ。つまり当時の魔法使いの事を知ってるかもしれないし、紹介してくれる可能性もある……賭けてみるか。
「フィー、場所を変えて話せないかい?ちょっと相談したいことがある」
「え?……まだ仕事中なので、終わったらで良いですか?」
「もちろんだ。終わるまでここの料理を楽しむことにするよ」
約一時間後、フィーの仕事が終わり、私は彼女の自室に通された。
……今思えば、赤の他人の女性の部屋に入るのは人生初かもしれない。今まで浮ついたことに目を向けずに教会に尽くしてきた私にとって少しドキドキする展開だった。
とりあえず、椅子に座り。深呼吸する。
「それで?相談って言うのは?」
「……フィー、ファスコ国王が亡くなったことは知ってるかい?」
「……はい、存じております」
「私は今、教会の指示でファスコ国王に関する書物を編纂しているんだ。英雄とまで言われた方だったからね、国王の国政に関するいくつかの書物を纏めて一冊の本にする仕事を仰せつかったんだ」
「なるほど!それは重責ですね!」
「ああ。だが、問題が生じてね。ファスコ国王が英雄と呼ばれていただろう?その所以となった魔王討伐に関する報告書の内容を編纂するために各地を回っているのだけど……ファスコ国王がこのルーネンハイムでどのような行動をしたのかを知っている人がいないんだ」
「え!?……ああ、確か先の戦争を知っている長老たちはついこの間最後の一人が亡くなってしまったんですよ」
「……そう言うことか」
……じゃあなおさら不可能だ。諦めるしかない。
「そうか……じゃあしょうがない。諦めるよ、そもそもこのルーネンハイムでの記録は何故かほとんどないんだ。ファスコ国王が訪れてその夜、何故かルーネンハイムを覆っていた結界が破れて魔王の軍勢が侵入した。その危機をファスコ国王とトラヴィス、そして偶々ルーネンハイムに居た英雄の杖を持った魔法使いフィオラによって危機は逃れた……ここまでしか書いてない……背後関係やどうして結界が破れたのかなど一切分からないが……いいだろう。これはこのままにしておくよ」
「……あのミラフェスさん」
「ん?……なんだい?」
「……」
何故かフィーは言いづらそうにしている。……何か隠しているのか?
「どうしたんだい?フィー、言ってごらん?」
「……今から話すことは他言無用でお願いできますか?……いえ、私が話したということを秘密に出来ますか?」
フィーが唇をかみしめた。
明らかに迷っている……というより私に念を押している。
恐らくこの村の誰も知らないような事実を知っているということだ。そしてそれは……恐らく今までの歴史を変えることになってしまうからこそ慎重になっているのだろう。
「……何か知ってるのかい?……良いだろう、その内容は恐らく編纂の一部になるかもしれないが、君から聞いたということは絶対に秘密にすることを誓う」
「……私は……」
フィーは一旦深呼吸すると、目を閉じ、ゆっくりと言った。
「私は英雄フィオラの……娘なんです」
「……え?」
驚いた。ずっと王国のオリッサの店であってはいたけど、そんな事言ったことは無かった。
「どういうことだい?だってずっと!」
「はい……私の最近まで知りませんでした。でも数年前、母を名乗る女性と初めて会って自分を生んだ時の事、どうしても自分を育てられなかったため知り合いの魔法使いに預けた事を知ったんです」
「……そう……だったんだね。でもなんでそのことを秘密に?君の本当の母上は英雄とまで言われたんだよ?」
「はい、確かに周りは母の事を英雄と言っていました。ですが、当の本人はそう呼ばれることを気にしていた……いえ、そう呼ばれることを嫌っていたんです」
「それはどうして?」
「……今から話すことは、恐らく亡くなった長老たちも今この森に居る魔法使いたちも知らない母の物語です。先ほども言いましたが、私が言ったということは……」
「安心してくれ、何があっても君のことは守る」
「……ではあの時、何があったのか。母が何をしたのかをお話します」
そうしてフィーは英雄フィオラについて話し始めた。
杖の英雄 魔法使いフィオラ
ファスコ様の事をお話しする前に少し母の事をお話します。
母の母……つまり私の御婆様は魔法使いでありながら昔の慣習や当時の組織体制に疑問を持っていた人だったらしいです。
今こそこの森に住む魔法使いは自由に好きな場所に行き、自分の魔法を研究したりしていますが、昔はそうでは無かった。
御婆様はそんなしきたりに反対だったそうです。ですが、御婆様やおじい様だけなら良くいる偏屈夫婦だけで通っていたかもしれなかった。
しかし、その考えに同調した人が増えると、最初にそのような考えを持った御婆様夫婦を当時の長老派にとっては邪魔に思ったのでしょう、長老派お二人の暗殺を考えたそうです。
そして、ちょうどその時、魔王との戦争が始まっている時でした。長老たちは考えました『この戦争に乗じてあの夫婦と自分たちに反対する勢力を消すチャンス』であると。
母の話なのであまり詳しくは知りませんが、結果的に改革派の勢力の半分は戦争で死亡、改革派を率いていた御婆様夫婦も無くなってしまったそうです。
そして親を亡くした母は改革派……ではなく長老派閥の親に引き取られてまるで親の考えは間違っていた……と教えられるようになったとか。
でも、最終的に長老派閥の考えに染まることは無かったらしいですが。
そしてここからが本題となります。
まず結論から言いたいと思います。
……魔王軍が襲撃するきっかけとなったルーネンハイムの結界を破壊したのは……私の母であり、英雄と呼ばれた……フィオラなのです。