兄たちに丸め込まれての、インテリヤクザもとい銀之介同伴での会食だったが。
途中からそのような些事など、もはやどうでもよくなっていた。
それぐらい今夜の会食は、歴代で一番酷いかもしれないのだ。
場所はいつも通り、市内にある老舗の料亭で行われた。
料亭を名乗っているものの、所詮は田舎の店なので。さほど格式の高いものではない。
中庭がほんの少し自慢の、ちょっぴりお値段が強気な創作和食の店というのがその実態だ。
なので食事自体は、偉そうかつ小難しいものの、値段相応に美味である。
歴代最低となった原因は、参加者にあった。
一応はかしこまった場に合わせ、リボンタイが付いたブラウスにひざ丈のスカートという清楚な装いをした鈴緒は、スーツ姿の銀之介と共に料亭のお座敷にいる。
もはや顔馴染みでもある、地主の老夫婦や町工場の工場長、あるいは個人病院の院長といった面々は、
「このお兄さん、鈴緒ちゃんの彼氏かい?」
「あら、緑郎君のお友達なの!」
「よくあいつと、友だちになろうと思ったなぁ……」
「怖いもの見たさ、とか?」
などと驚いてはいたものの銀之介を歓迎しつつ、あれやこれやと質問攻めにしている。
中高年にもみくちゃにされている銀之介も、いつも通り愛想はだいぶ不足しているものの、丁寧に応対していた。彼を中心に切り取れば、至って平和な空間だ。
ただ遅れて会食に出席した、とある美容室の店長がよろしくない。
複数の美容室やネイルサロン等を経営するオーナーの代名で馳せ参じた彼も、銀之介同様に新キャラであった。
だがこちらを一言で述べるならば、ウェーイ系である。
今も鈴緒の右隣を陣取り、グイグイ距離を詰めて来るのだ。
「巫女さん、むっちゃ可愛いね! ねえ鈴緒ちゃんって呼んでいい? 彼氏いんの? ってか髪も超キレー! これ地毛? 色もいいじゃーん! もっと伸ばしなって、ロングも絶対似合うよー!」
「はあ」
怒涛のトークに、当初鈴緒は律儀に返答しようと試みたものの、開幕三分で心が折れていた。半笑いで相槌だけを返している。
この店長は出で立ちこそチャラチャラしいものの、美形枠に収まる容姿だろうに。
一度口を開けば、会食メンバー内随一の問題児であるスーパーマーケットの社長が競り負ける圧力の持ち主だった。
実際、いつも鈴緒にセクハラを試みては緑郎や工場長たちに怒られているスーパーの社長が、オロオロと鈴緒に近付こうとして断念していた。もうちょっと頑張れよ。
問題児社長すら弾かれた光景に、会食の主催者である地主夫妻が助け舟を出す。鈴緒を呼び、手招きした。
「鈴緒ちゃん、このお刺身美味しいよ。ほら、こっちおいで」
「ありがとうございますー!」
諸々込みでの感謝を叫び、鈴緒はそそくさと立ち上がろうとしたが。
その前に、ウェーイ店長に髪を撫でられてゾワリと悪寒を覚える。
「マジで髪キレイだよねー。今度ウチおいでよ? 閉店後に来てくれたら、ナイショで色々サービスしちゃうよ?」
(逆に性的なサービスを請求されるパターンだ、これ)
鈴緒の第六感または、昔観た社会派サスペンスドラマの知識が危機を告げた。半笑いを引きつらせ、首をわずかに振る。
「すみません、いつもお世話になってるお店があるので」
「そうなんだ? ざんねーん!」
案外あっさり引き下がる。髪を絡め取っていた指も離れ、鈴緒がホッと肩から力を抜いた。
それを見計らうように、冷酒の入ったガラス製の酒器が突きつけられた。
「代わりに乾杯しようよ。ちょうどほら、鈴緒ちゃんもグラス空いてるし。このお酒、ガチで飲みやすいよー」
「いえ、わたし未成年なんで」
「でも大学生っしょ? ならみんな飲んでるって! 全然イケるから!」
「えぇぇぇ……」
ウェーイ店長のあまりの食い下がりっぷりに、鈴緒は会食の場だということをつかの間忘れてうめく。
このウェーイ、ウェーイにも程がある。
相手をすることにほとほと疲れていた鈴緒は、一杯だけでもお義理で飲むか、と腹をくくった。
先ほどまで烏龍茶の入っていた、自分のグラスへ手を伸ばした。が、その前に後方から伸びた腕にグラスを横取りされる。
グラスの取り間違えを指摘しよう、と鈴緒は振り返る。そこで眉間にしわを寄せた、鬼みたいなインテリヤクザ――ではなく銀之介と目が合った。
「銀之介さん、それわたしのグラスなんだけど」
「ああ」
それだけ言った銀之介は、グラスを頑なに手放さない。鈴緒はわけが分からず、彼を見上げて首を傾げた。
銀之介は困る彼女から視線を移し、ウェーイをロックオンする。
そして反対の手に持っていたグラスを、ウェーイへ差し出す。
「鈴緒ちゃんは未成年ですので、代わりに保護者の俺がご
「えー? お兄さん、固いこと言わないでよー! イマドキさ、大学入ったら未成年でも飲むし! それが普通!」
ゲラゲラ笑って酒器をかざすウェーイにも、銀之介は微塵も退かない。
「俺は兄ではなく、彼女の兄の友人です。友人の大事な妹さんを託された以上、万が一があってもいけませんので。ご理解下さい」
いや、この場合は静かに憤怒中の
ウェーイはしばし不愉快そうに目と口をすぼめていたものの、途中でニヤリと笑った。
「じゃあさ、お兄さんが代わりにこれ……全部飲んでくれたらさ、まあいいかなー!」
言うやいなや、銀之介のグラスを奪い取ってなみなみと冷酒を注ぐ。鈴緒を含め、他の会食参加者も思わず顔をしかめる。
ウェーイが飲んでいた冷酒は、アルコール度数が二十度となかなかお高めのものだ。グラスにこぼれる寸前まで注ぎ、ガバガバと飲む類の酒ではない。お値段もそれなりにするのだ。
しかし銀之介は無の表情に戻ると、表面張力のお陰で耐えているグラスを口元まで運ぶ。そして一気にあおった。
水でも飲んでいるかのような勢いでの飲みっぷりに、注いだウェーイもポカンと目を丸くする。
ものの数秒で酒を飲み切った銀之介は、座卓へ静かにグラスを戻すと、やはり一切感情の窺えない顔でウェーイを見据える。
呆然と銀之介を見返していたウェーイは、ややあって思い切り噴き出した。手を叩いてゲラゲラと笑う。
「お兄さん、めっちゃいい飲みっぷり! いいね、もっと飲もうよ!」
「恐縮です」
「いやいや、年そんな変わんないでしょ? タメ語でいいってー!」
どうやらウェーイは銀之介の飲みっぷりを、随分とお気に召したらしい。
先ほどまでの鈴緒への粘着をあっさり捨て、銀之介の広い肩に腕を引っかけて更に飲もうと誘っている。
銀之介も特に拒むことなく、鈴緒と入れ替わる形で彼の隣に座った。
ためらいつつ、地主夫妻の隣に移動した鈴緒は、銀之介の方を控えめに見た。彼は日向家での居候中も、殆ど酒を飲むことがなかった。
あまり強くないのではなかろうか、と不安になったのだ。
ウェーイから今度はウィスキーをお酌されている銀之介が、彼女の視線に気づいた。
横目で見つめ返しつつ、そっと肩をすくめる。
無言で無表情のままだが、きっと「別に構わない」ということなのだろう。