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25:巫女、ズバリ言われる

 寒さが本格化して来た頃、鈴緒は美術学部棟から運び出される奇妙なものを目にした。

 それは諸刃の大きな剣だった。ファンタジー風世界観のゲームや映画に出て来そうな、雄々しい装飾の施された剣なのだが――如何せん、大きい。鈴緒の身長の、二倍近くはありそうだ。


 見た目に違わず重量もそれなりにあるらしく、軍手をはめた学生が数人がかりで運んでいる。足並みが揃わないのか、

「速い速い! 落とすって!」

「もうちょっとそっち下がれよ、こっち壁にぶつかる!」

「ちょっとぉ! あんた、ちゃんと持ってんの!?」

と怒号が飛び交っていた。彼らの一帯だけ、キャンパスというより工事現場のような殺気が漂っている。


 真っ白なコート姿の鈴緒はその光景を眺め、はてと小首を傾げる。

「あれって、何?」

「さあ。美術学部のやるコトは、アタシも分かんね」

 鈴緒のぼんやりした声に、牧音も気のない返事をする。唯一、美術学部に所属する倫子だけがややばつの悪い顔になった。細い鼻にしわも寄せている。


「あれ、受験会場に飾るオブジェなんだって。今年は『合格者だけが抜ける聖剣』を作るって、先輩が言ってた」

「へぇー。倫子ちゃんは参加しないの?」

「しないよ。だって単位関係ないし」

 鈴緒へ手を振る倫子に、牧音は目を丸くした。


「はぁ? アレって講義とか課題で作ってんじゃないんだ?」

「いや、全然。有志で勝手にやってるだけ」

 彼女の言葉に、そういえばと鈴緒も思い出す。

「銀之介さんも、美術学部が毎年勝手にしてるって言ってたっけ」


 彼曰く

「設置までは張り切るくせに、片付けになると毎年おざなりだ。部長の許可さえあれば、燃やしてやるんだが」

らしい。なおオブジェの焼却について、課長からは「延焼にだけは気をつけてね」と、一応のお許しを得ているという。


 鈴緒がそのまま語って聞かせると、二人は揃って噴き出した。

「大学からガチで嫌がられてんじゃん!」

「決めた! 私、来年も絶対参加しない!」

 計算高くて冷めた性格である倫子の場合、単位が関わらなければ来年以降も参加するわけがなさそうだが――心優しい友人二人は、そこには触れないことにした。


 代わりに牧音は腰に手を当て、小難しい顔で冬空を仰ぎ見る。その体勢のまま、しばし唸ってから鈴緒へ尋ねた。

「アタシらが受験した時も、なんか飾ってあったっけ?」

 鈴緒も内巻きの癖っ毛を指に絡め、彼女に倣って空を見上げた。

「あったと思うよ。たしか……あ、そうそう。お神輿みこしだ」

「ああ、あったねー。乗ったら合格するよ、とか看板に書いてた気がする」

 倫子もへらりと笑って頷いた。


 倫子とは大学に入ってから知り合ったため、受験当時の彼女の動向は分からない。

 しかし一緒に会場入りした鈴緒と牧音は、美術学部らしき学生たちによってお神輿へ担がれそうになり必死になって抵抗したのだ。

 なにせデコトラに限りなく近い装飾の神輿だった。そんな得体の知れないものに乗れば、見世物になるのは必至である。


 最終的には牧音が学生の胸ぐらを掴み、

「乗せるつもりなら、今すぐぶっ壊すぞ!」

とデスボイスさながらの怒声で恫喝し、そして鈴緒が「乗れば合格間違いなし!」と書かれた看板を無言で持ち上げて振りかぶった甲斐もあって、事なきを得たのだ。


 ピーコートを着た牧音が腕を組み、一つ唸った。

「神輿とか剣とか、こういう謎アートを毎年やってるってコトよな? なんか一覧表とか、カタログみたいなのってあんのかな?」

「いやぁ、ないと思う……そういう方面にマメな人間、たぶん美術学部にはいないし」

 カラフルなフェイクファーで作られた、モコモコとしたコート姿の倫子が渋い顔になって首を振る。


「そっかー。カタログあったら、ちょっと見たかったのに」

「まあ、気持ちは分かるけど。私らにそういうのは期待しないで。出来ないから美術学部にいるのよ」

 すげない口調の倫子に、鈴緒もクスリと笑う。


「銀之介さんも、ここの卒業生らしいから。在学中に撮った写真とかないか、訊いてみようか?」

 そして鈴緒も歴代謎アートの遍歴が気になったので、こんな提案をした。思った以上に、牧音の顔がパッと輝きだす。


「えっ、マジで? いいの?」

「うん、いいよ。ひょっとしたら大学側で、何か記録も残してるかもだし」

 たとえば延焼が起きた場合の、証拠として。

「うわーっ、ありがたーい!」

 抱き着く牧音を、鈴緒はほんのりと得意げに顔を持ち上げ、抱きしめ返していたが。


「最近の鈴緒、職員さんのことばっか話してるよね」

「ぐぅっ……」

 ニヤリと笑った倫子の指摘に、思わずうめいた。そして視線を横にずらすと、自分に抱き着く牧音も似たり寄ったりの悪い笑みだ。

「おいおい、倫子さんや。そんな分かり切ったコトをさ、言ってやりなさんな。コイツは今が一番楽しいんだから」

「あー、そうね。付き合うの?どうなの?みたいな時期ね。一番楽しいね、たしかに。分かるー」


 友人二人の大いなる勘ぐりに、鈴緒は慌てた。牧音の抱擁から飛び退き、顔と両手をブンブンと振る。

「そっ、えっ、いえいえ? そんなことないよ! 付き合わないから、そもそも! わたしは毎日寒さと先見とお勉強で、いっぱいいっぱいですから!」

「いやいや、前の方が必死に生きてたじゃん。毎日死にかけって感じでさ」

「そうそう。口開いても『今日もまた会食DEATH』『もう会食とかさ、大学ここの食堂でやろうよ』って、哀愁いっぱいの愚痴が多かったし。もう好きって認めちゃえば?」


 年相応に恋愛経験のある二人の適切な指摘に、鈴緒は真っ赤な顔で脂汗を流す。

「すっ、すすすっ、好きじゃないし!」

「なんだソレ。心に小二男児でも飼ってんのか?」

 この期に及んでの無駄な抵抗に、牧音が目を細めて呆れる。

「でもアンタ、串間先輩もそうだし、高校の時もそうだったけどさ。興味ない相手だとマジで話題にも上げないじゃん」

 彼女の言葉に、鈴緒の目が点になる。


 固まる鈴緒を見つめ、倫子も牧音の言葉に同意する。

「だよね。巫女の時に、したくもない愛想振りまくってるから、オフだと意外と素っ気ないっていうか。慣れてない相手には、ほんとに猫みたいに塩対応だし」

「そうそう。だから、昔から嫌いでもなんでもさ。興味はあったんだよ、“銀之介さん”に」


「……え? そうなの?」

 震える声で小さく自問する鈴緒に、

「そうだよ」

 友人二人が声を揃えて即答した。

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