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第21話 ロリと夜桜

 午後からのデートでは些か時間が足りない。ショッピングモールに着いたのが午後二時過ぎ。時間はみるみるうちに溶けていってしまった。


 そして俺と木乃花ちゃんは、ショッピングモールを出て外を歩く。少しひんやりとした風が首筋を撫でてくる。


「大丈夫? 寒くない?」


「いえいえ、全然平気です。それよりも、どこへ行くつもりなんですか?」


「それは着いてからのお楽しみ。もう少しだけ歩くよ」


「ふふっ。楽しみにしておきますね」


 目的地はショッピングモールから少しだけ離れたところにある、大きめな公園である。こんな都会でも緑が大切だということで、緑豊かな公園が存在しているのだ。


◇ ◆ ◇


 ようやく公園に辿り着いた二人は、中へと足を踏み入れた。


「ここは桜咲さくらざき公園じゃないですか?」


「せーかい。ここに連れて来たのは理由があるんだ」


「理由ですか…?」


 公園の小さな丘へと続く階段を登ると、そこにはたくさんの桜が咲いていた。他にも人がちらほらいるが、特に気にならない程度だ。混んでいなくて良かった。


「もしかしてこの桜を見に?」


「そうそう。ここは桜がたくさん咲いてるから、簡単なお花見でもしたいなって」


「ロマンチックでいいですね。えへへ」


「でも暗くてよく見えないだろ?」


「そ、そんなことはないですよ!?」


 木乃花ちゃんが慌てて否定する。

 やっぱり優しいな。


「ほら、そろそろ来るよ」


「えっ? 何がですか?」


「3⋯2⋯1⋯!」


 時計の長針が12を指した瞬間、辺り一面が光に包まれた。見にくかった桜も明るい光に照らされて輝いている。

 夜桜のライトアップ。どこか幻想的な世界にやってきたかのような気分だ。


「わぁ⋯」


 木乃花ちゃんは上を見上げて、眩しくて優しい世界に取り込まれる。桜の花びらが夜風に舞って、あまりにも美しかった。

 清楚な木乃花ちゃんには桜が良く似合うなあ、と思う。


「どうだった? 俺からのサプライズは」


「大成功ですよ! こんなに素敵なお花見は初めてです!」


 木乃花ちゃんは子供みたいにはしゃぐ。元気さはあるものの普段から大人しいイメージだったため、少し違った彼女をこうして見れることを嬉しく思う。


「それは良かった。せっかくだから写真撮ってあげるよ」


 俺はスマホを取り出して、木乃花ちゃんと夜桜を撮ろうとした。


「結城さんも一緒に撮りますよ!」


「ええ、俺も⋯?」


 木乃花ちゃんは、スマホを奪って俺の手を取り、地面にしゃがませる。そしてスマホに収まるように身体をくっつけた。


 カシャッという音とともに一枚の写真が撮れる。その写真は、桜の花びらが程よく舞い、照明の光のバランスも考えられていて、最高の出来栄えであった。立派な桜を背に、二人が幸せそうな笑顔でいる。


「すっごく上手に撮れましたね!」


「あとで木乃花ちゃんに送っておいてあげるよ」


「ありがとうございます!」


「寒くなってきたし、もう少ししたら帰ろうか」


「そうですね。ふふっ。今日は半日ありがとうございましたっ。おかげさまでとっても楽しかったです!」


「楽しんでくれたようで俺も嬉しいよ。こちらこそありがとう」


 こうして、初めての楽しい楽しいデートは幕を閉じた。



◇ ◆ ◇


 「お母さん…お父さん…」


 少女は心細そうに両親を呼び止める。どうやら少女には、これから起こる悪いことが分かっているようだ。


「大丈夫。すぐ帰ってくるからね。いい子にお留守番してるんだよ」


 お母さんは少女の頭を優しく撫でる。


「だめ。どこにも行かないで! やっとまた会えたのに!」


 少女は母の手を掴んで離そうとしない。母は困ったような顔をしてこう言う。


「ごめんね。一人にさせちゃって。木乃花が元気そうで良かった。お母さんとお父さんは、ずっと、木乃花のこと見守っているからね」


 お父さんも続けて口を開く。


「木乃花はよく頑張ってるよ。どんなに辛くても諦めることだけは決してしなかった。それが今、こうして新たな出会いを産んだんだ。今進んでいる道は何も間違っていない。木乃花は強い。お父さんとお母さんがいなくても、周りには木乃花を助けてくれる人はたくさんいる。無理をしないで、時には彼らに頼ってもいいんだからな」


「ママ…パパ…」


 少女はほとんど口にしたことのない愛称で自分の両親を呼ぶ。幼いながらにして木乃花はあまりにも大人びているが、本当はたくさん甘えたいのだ。しかし、木乃花が唯一甘えることができる二人はこの世にはもう…。




 木乃花はハッと目を覚まし、起き上がって座る。


「夢…だった」


 亡き母と父を夢に見た。両親は交通事故で死んだ。私は一人でお留守番をしていた。それはまだ桜が咲いていた頃だった。


 思い出したくない過去が脳裏に蘇りそうになって頭が痛くなる。


 その日、家に帰ってきたのは両親ではなかった。警察と顔色の悪い祖母が家に来た。当時の私は幼かったが、その意味を理解した。もう二度と会えないんだ、と悟った。

 泣いて泣いて泣いた。涙が出ないくらいに泣いた。ご飯もろくに食べられず、この世界に何の希望も見出だせなくなっていた。


 お父さんはデザイン会社の社長で、何やら多大な株式を持っていたらしい。私はその財産と株式を相続し、そこに何かを探すかのようにデザイナーとしての勉強を一心不乱に重ねた。


 そして現在。

 小学生にしてデザイン会社の社長となったのが、今の「如月木乃花」である。

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