「私は、以前の社長の秘書をしていた細野
「細野さん…?」
やけに胸が大きい女性が淡々とした口調で話す。
「はい。これから木乃花さんのサポートをさせていただくことになりました」
細野さんは冷静だった。社長を失ったばかりだというのに、もう心を入れ替えて、新たな社長である私に対して謙虚な振る舞いを見せている。
かく言う私は、未だに目指すべき場所も物も分からず、ただひたすらに迷い続けていた。
「木乃花さんはここをどんな会社にしたいですか?」
「どんな会社…?」
これまでの私は、この会社が倒産しないようにだけ頑張っていた。それが実を結んだのか、業績も右肩上がりが続いている。きっと細野さんはこの会社がもっと発展することを望んでいて、今新たに何かにチャレンジすべきだと思っているんだ。
「私は、木乃花さんが小学生であるという強みを活かした製品を作れないかと考えています」
その日、死んでいたはずの少女の目に、僅かな光が差し込んだ。
「私が⋯。分かりました。やってみます」
それから私は、様々な活動の中でたくさんのデザインを作り上げ、デザイナーとして名を馳せるようになった。
そういうわけで株式会社如月デザインは、小学生の社長によって大企業へと発展した。元々、木乃花にはデザイナーとしての才能があったのは言うまでもない。
それでも木乃花は両親を亡くしたことによる深い傷は癒えなかった。
(私は、何をしたいんだろう⋯)
必要なものは大体手に入れてしまった。お金だって有り余るほどだ。
何となくゲームに明け暮れる日々が続く。それらも私の心を満たしてはくれない。
会社のことは細野さんに丸投げし(そもそも小学生が会社をまとめることは難しいので、代理人が行うのが普通)、無駄な時間をただただ過ごすばかりだった。
デザイナーの次はゲームに何かを求めていたその時のこと。私は一つのノベルゲームと出会う。
「少女時変⋯」
正直、期待なんてしていなかった。どうせ他のものと同じだろう。そう思いつつも、何かに縋りたくて私はゲームを開いた。
しかし、初めてすぐに、他のゲームとは違うことに気が付いた。
「音が⋯ない⋯?」
なんというか、中途半端だったのだ。簡単なSEはあるものの、音楽はないし、イラストの種類も少ない。正直、なんてめちゃくちゃなんだろうって思った。
それでも、本当に登場人物が生きているかのように感じ、彼らも辛い人生を歩んでいることに次第に親近感を覚えるようになっていった。
物語の終盤。大切な人を失ったことで希望を見出すことを躊躇う彼らだが、それでも前を向いて強敵と戦うその勇ましい姿に、私は強く胸を打たれた。そして、無意識にも自分をそのキャラに投影していたちっぽけな私に、前を向く勇気を与えてくれたんだ。
私にとってこの物語は、ダメダメなはずなのに大傑作だった。死んでいたはずの私の心を蘇らせてくれた。だから、もっとこの作品を多くの人に届けたい。そんな気持ちが芽生えていた。
それから私は、細野さんに「少女時変」の開発者を探すようにお願いした。
名前は「結城葵」と「戸越裕也」という人らしい。そして結城葵がストーリーを作ったということを知る。
「彼らはまだ高校生のようです」
細野さんが資料を渡して教えてくれる。
「そっか。資金が足りなくてああいう形になってしまったんだ…」
自分に出来ることがあるなら何でもしたいと思っていた。だから私は決意する。
「会いに行きましょう。その二人に」
その時の私は、以前と違う表情をしていたに違いない。目に光を取り戻した、夢と希望に満ち溢れた一人の小さな少女だったのではないかと思う。
◇ ◆ ◇
「むにゃ…」
隣で寝ている葵を見て、木乃花は優しく微笑む。
「結城さんがいてくれたから、今の私はとっても幸せなんです」
木乃花は、僅かに差し込む朝日によって美しく輝いていた。
「だから、これからもよろしくお願いしますね、結城葵さん…葵お兄ちゃん?」
なんとなく、口にしたかった言葉で呼んでみる。
「……」
木乃花の発言に、不自然に葵の身体が反応する。
「あれ? 結城さん起きてます?」
「……」
「顔に落書きしますよ?」
「…ごめん」
「いつから起きていました…?」
「木乃花ちゃんが起きる前から」
「はわ…」
木乃花の顔が赤くなる。
こんな自分、誰にも見せたことがないのに…。
「ねぇ、さっきの葵お兄ちゃんってやつ、もう一回言ってみてよ」
葵が意地悪そうな顔をして言う。
「嫌です! 絶対言わないです!」
「お願い〜!」
木乃花は枕を投げつけながら逃げる。
「絶対言いませんから!」
「そこをなんとか!」
その時、寝室の扉が勢いよく開かれた。
「「おはようございます! 木乃花お嬢さん!」」
フリルの付いたメイド服を着た、年上のお姉さんが大きな声で朝の挨拶をする。胸は…やはり大きめだ。
「不知火さん!」
木乃花ちゃんはメイドさんの後ろに逃げて隠れる。
「あ、あなたは一体誰ですか…!?」
木乃花ちゃんは葵のことをメイドに話していなかった。
つまり、メイドに今の惨状はこう映ったわけである。
女子小学生の寝室にこっそりと侵入した危ない男がいると。
「逃げてください、木乃花お嬢さん。この男は、メイドである私が食い止めます」
メイドは掃除機を手に、ドアの前に立ち塞がる。
「メイドさん! 誤解です! 俺は不審者じゃありません!」
「不審者はみんなそう言うんです! あなたには木乃花お嬢さんに手を出したことの罪を償ってもらう⋯ッ!」
それから木乃花が誤解を解いてくれるまでのしばらくの間、激しい攻防が続くこととなったのはまた別のお話である。