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第23話 メイドとドミノ倒し

「一応、理解はしました。木乃花さん、そういう話は先にしてください」


「はい…。ごめんなさい」


 木乃花ちゃんは珍しく怒られていた。

 木乃花ちゃんと細野さんはあくまでビジネス仲間であり、メイドさんとは木乃花ちゃんが個人的に雇っただけの関係で、細野さんとメイドさんの間に直接的な関係は存在しないようだ。だから、今回のこともメイドさんには伝わっていなかった。


 それからしばらくして、朝ご飯の準備ができたと、メイドさんは俺たちを呼んだ。


「わざわざすみません…」


 テーブルに乗せられた豪華な朝食を前に、不要な労働を増やしてしまっていることを謝罪する。


「問題ないです。木乃花お嬢さんからの依頼ですから。お金をもらっている以上、当たり前のことです」


「はぁ…なるほど」


「不知火さん、いただきますね」


 木乃花ちゃんが会話が途切れたタイミングで話を切り替える。


「はい! 結城さんもどうぞ召し上がってください」


「いただきます…!」


 こんがり焼けた食パンだけでなく、クロワッサンやロールパンなども皿に盛り付けられ、他に肉汁の滴るウインナーやスクランブルエッグ、サラダにベーコンなどなど。ホテルかと思うくらいのちゃんとした朝食だ。


 いや、何かがおかしい。


「パンが焦げてる…」


 さっきまでキッチンが何やら騒がしいとは思っていたが、こういうことだったか…。


「あはは、ごめんなさい。気が付いたらこんなことに」


「不知火さんは今メイド見習いなんです。大目に見てあげてください」


 木乃花ちゃんがメイドさんのフォローをする。

 なるほど。メイドとしての仕事の練習中らしい。それなら仕方ないか。


「作ってもらっているんだし、文句は言えないよ。俺もたまに焦がしちゃうし」


 そう言いながらフォークでウィンナーを取ると、それもまた黒く焦げ目が付いていた。


◇ ◆ ◇


 メイドさんが家にいると、いまいちくつろげない。自分はのんびりしているのに、近くで一生懸命に家事をしているのはちょっと気になってしまう。


「あの…、俺に何か出来ることはありませんか?」


「お気遣いは嬉しいのですが、これが私のお仕事なので。楽にしてもらっていて構いません」


「分かりました。でも何かあった時は、遠慮なく言ってください」


「ありがとうございます。その時が来たら頼るかもしれません」


 メイドさんは完璧であろうとするあまり、空回りしていることが多い気がする。もっと肩の力を抜いて家事をするべきなんだろう。


「結城さん! ドミノ倒しやりませんか?」


 木乃花ちゃんが大量のドミノが入った箱をいくつか持って来る。今日は祝日で学校がお休みなので、暇なようだ。


「どんだけあるんだこれ…」


 千個は余裕でありそうな感じがする。この広い家だからこそ十分にスペースが使えるのだろう。


 それから、木乃花ちゃんと一緒にドミノを次々と並べていった。階段にも緩やかな段差を加えて、ちゃんとドミノが下まで続くように置く。


 ドミノを置こうとする度に手が小刻みに震える。もし倒したら最初から全部やり直しになる。そして、どうやらそう思っているのは俺だけじゃないようだ。


「ゆ、結城さん。私今、とっても緊張してます。他会社でのプレゼンテーションよりも緊張しています」


 さすがハイパー小学生。例えがあまりにも独特だ。


「落ち着いて。ゆっくり置こう。そーっとだよ。そーっと」


「そーっと…」


 木乃花ちゃんが手に持つドミノが床に着いた。


「ふぅ…。できました!」


 二人で喜び合っている最中、メイドさんが大量の洗濯物が入ったカゴを抱えながら現れる。前がよく見えていないようで、ドミノを踏みそうになっている。


「あっ、危ない!」


 案の定、悪い出来事が起こってしまった。

 綺麗に並べたはずのドミノが、立て続けに倒れていく。ドミノ同士がぶつかる軽い音がしばらく続いた。


「あっ、あっ、ああ…」


 木乃花ちゃんが明らかに悲しそうな顔をした。今にも泣き出してしまいそうだ。


 そりゃ、自分が頑張って作ったものを、他人に一瞬で崩されるのは辛いよな。


「ごめんなさい! 私がよく見ていなかったせいで…」


 メイドさんは蒼白になりながら必死に頭を何度も下げて謝る。

 何というか、めちゃくちゃ気まずい…。ここは俺がどうにか仲裁をしなければ――。


「……てください」


 と、木乃花ちゃんが口を開く。


「不知火さんも一緒に、ドミノを完成させるの手伝ってください!」


「許してくれるんですか…?」


「何を言っているんですか、不知火さん。ドミノはそれが醍醐味なんでしょう?」


 木乃花ちゃんは早々に立ち直って笑っていた。

 そっか。もう小学六年生だもんね。


「分かりました、木乃花お嬢さん。私が全力でこのドミノを完成させてみせましょう」


 メイドさんの目は、餌を狙う獣のようにギラリと光った。メイドさんは本気だ。


「俺たちも頑張るぞ!」


「絶対完成させましょう!」


 意気投合した俺たちは、全力でドミノを並べていった。さっきの事故の反省を活かし、途中に壁──障害物を置くことにした。


 気が付くとお昼を過ぎるまで、夢中になってドミノを並べていた。

 そして──


「「「完成だあ!!」」」


 木乃花ちゃんの大きな部屋に、ドミノが埋まるまでたくさん並べた。こんなに大量のドミノを並べたことなんて一度もない。


「木乃花ちゃん。せーので倒すよ」


「分かりました!」


「行くよ…。せーのっ!」


 最初のドミノが倒された。ドミノは寝室から始まり、階段を降り始める。


「ドミノのご発注で使うタイミングがなかったんですけれど、こうして使えて良かったです」


 木乃花ちゃんはもう既に満足そうだ。


 ドミノはそのまま階段を降り、リビングをグルっと回ったら、お風呂場へと続いた。


「こんなところまでやってたの!?」


 お風呂場までドミノを並べるのはちょっと想定外だった。まぁ、この家のお風呂はめちゃくちゃ広いからな。


 ドミノはまだまだ止まらない。いくつかの部屋に入ったりキッチンを通ったりしながら、ようやくゴールの玄関へと辿り着く。


「「「成功だー!」」」


 三人で喜びを分かち合う。途中でいざこざがあったけれど、成功出来て本当に良かった。

 本気で頑張ったら、こんなにも嬉しいものなんだ。

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