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第9話 お気に召さないのか

 ウルライネンの内乱が始まって四年が過ぎた。

 王太子ウルマスは、十一歳になっていた。

 王弟ミスカは十八歳で、「月白の王子」と謳われた美貌はいやますばかり。その上戦場にでれば鬼神のごとしで、今や国王をはるかに凌ぐ人気と実力を兼ね備えていた。


 四年の間、叔父ミスカは小さな戦を繰り返しては確実に勝ちを重ねていた。

 内乱が始まったばかりの頃に、ウルマスは一度だけ聞いたことがある。


「叔父上ならば、もっと大きな戦果は思いのままでしょうに。なぜですか?」


 金や銀、それに鉄鉱石を出す鉱山は、力のある大貴族の領地にあった。彼ら相手にしかければ、もっと大きな戦果があがる。

 叔父ミスカの力なら、そう難しいことではないはずなのにと。


「大きな獲物を狩るにはね、それに相応しい準備が必要なんだよ。準備にはカネがかかるだろう? そのカネがなくてね」


 大げさに肩をすくめて、叔父は答えてくれた。

 戦には人やモノが要る。

 それらを整えるには、まず財力だ。

 王家の懐具合が良くないことは知っていたけれど、一領主相手に戦うにも事欠くほどだとは。

 状況はウルマスの予想以上に酷いのだ。

 それを知らなかった自分を、ウルマスは恥じた。

 それでも何か、叔父の力になりたいと戦場行きを叔父に願い出ると、叔父はだめだと首を振った。


「王太子が戦場に出るのは、最後の最後だよ。こんな小競り合いみたいな戦に出て、愚かな王子と笑いものになるつもりかい?」


 返す言葉もない。叔父の言うことはもっともだ。

 何かしたい、役に立ちたいなどとは幼い戯言に過ぎないし、それを口にしたのはウルマスの甘えでしかない。

 結局のところウルマスにできるのは、財政や会計を筆頭とした治世に必要な知識一般、それに軍事知識をできるだけ深く丁寧に学ぶことだけだと悟る。

 以降ウルマスは、一度も戦場に出たいとは口にしなかった。

 いつ出ても良いように、剣の訓練は続けてはいたが。



 いくつ目かの小領地を制圧したという報告が上がったのは、内乱が始まって四年目の秋だった。

 小規模ながら銅と鉄の鉱山を含む領地で、他に石炭も少し出るのだと、叔父ミスカは説明してくれた。


「冬の戦は無駄が多いからね。これでしばらく小休止というところだよ」

「そうですね。叔父上のおかげで、冬の間の燃料には困らないでしょう。ありがとうございます」


 燃料だけではない。

 鉱物はそのまま、南にある人の国へ輸出する。対価として小麦や肉が手に入るのだ。

 王城の兵を養うことができる。


「じゃあご褒美に、少しお休みをもらっていいかな?」

「はい。もちろんですが……」


 休みが欲しいなど、叔父ミスカが口にするのは初めてのことだ。


「叔父上、お身体の調子が……」

「いやいや、そうじゃないよ」


 叔父ミスカは笑いながら首を振った。


「少し前にね、人の国から知らせが来たんだよ。ウルライネンの番紋つがいもんが出たってさ」

「つがいもん……ですか」


 獣人族の王族貴族には、創造神ヴェルア様に決められた唯一の伴侶がある。

 番紋はその証だ。

 狼人族の番紋を持つ女が出たのなら、すぐに迎えに行かなくてはならない。

 それがこの世のルールだ。

 わかっている。

 けれど正直なところウルマスには、神定の番が何よりも優先されるべきというルールに、心からそうだと納得できないのだ。

 ヴェルア様は世の中の秩序と平穏を護るため、王族貴族に神定の番をもたらせたという。

 だとしたらウルマスの両親は、秩序と平穏を国に与えていなければならない。

 現実はどうだ?

 無口で大人しいだけだった母を失った後、父は国王としての務めを放棄した。ならば父は、むしろ秩序と平穏の敵ではないのか。そしてその元凶が母だとしたら、無口で大人しいだけでは王妃として失格だったのではないか。

 そんな二人を、神が番に定めたということだ。

 神に対して不敬ではあるが、とてもありがたいとは思えなかった。


「本当かそうじゃないかは、わからないよ? だけど知らん顔もできないだろう? だからちょっと、行ってこようと思ってね」


 行くなら今しかないと、叔父は言う。

 その表情は特にいつもと変らない。嬉しそうでも、楽しみで仕方ないという風でもなかった。


「わかりました。叔父上がそうおっしゃるのであれば」


 お気をつけてと言い添えて、ウルマスは叔父の希望どおりにした。

 できるだけ豪華な支度をするように、側仕えの役人に言いつけるのを忘れずに。



 秋が深まって冬が間近に迫る頃、叔父ミスカの一行は旅立った。

 予定の行程はおおよそ十日。

 滅多にないことだから、ゆっくり楽しんでくると良い。

 そう言って送り出した。

 けれど一行が戻って来たのは、たった五日の後だった。


「私の番だったよ」


 王城に伺候した叔父ミスカは、いつもと変わらない表情でそう言った。

 旅装も解かず、帰って来たその足で来たようだ。


「それはおめでとうございます」


 番が見つかったのだから、おめでとうで良いのだろうが。


「それで叔父上の番の女性は、どちらにおいでですか?」

「疲れたようだから、私の屋敷で休ませているよ」


 片時も離れたくはないとか、半身のような存在だとか、番に関してウルマスが聞いていたことと、今目の前にいる叔父ミスカの様子はあまりにも違う。

 どちらかと言うと、あまり喜んでいないようにさえ見えた。

 けれど仮にもウルライネンの王太子が、「神定の番」を軽んじるわけにはゆかない。

 見たこともない女であっても、叔父の番であれば最大限の敬意を払う。


「それでは叔父上も、彼女とゆっくりお休みください。年が明けたら、盛大にお披露目の宴を用意します。それまでどうか……」

「いいよ、そんなのは」


 言いかけたウルマスの言葉を、ミスカが遮った。

 甥とはいえウルマスは王太子で、いつものミスカならこんな乱暴な無作法はしなかったはずだ。

 驚いて息を飲むウルマスに、ミスカは続けた。


「まだまだ戦は続くんだ。たかが私の番だ。そんな無駄金を使わせては申し訳ないよ」


 「たかが」が私にかかるのか、それとも番にかかるのか。

 ウルマスには後者であるように感じられた。


(叔父上はご自分の番を、お気に召さなかったのか?)


 そんなことがあるのだろうか。

 にわかには信じられない。

 不審げなウルマスの表情に気がついたのか、叔父ミスカは陽気に笑って見せた。


「神定の番なんだよ? そうそう他の男の目にさらすなんて、できるはずもないだろう? わかってほしいな」


 それはかなりわざとらしく明るくて、ウルマスにはなぜか痛々しく見えた。


「そんなことよりいい知らせがあるよ。パヌラ領を知っているかな? 人の国の小さな男爵領なんだけど、そこ小麦やトウモロコシなんかが豊かでね。そこの領主と話をつけてきたんだよ。どう? すごいだろう?」


 冬の間の食糧はこれで心配要らないし、来年初夏には次の小麦が入ってくるとミスカは機嫌よく言った。

 つい先ほどまでの話題はまるで忘れてしまったように、うきうきと弾んだ様子で心から喜んでいた。

 パヌラ男爵領と言えば、穀物と乳製品で名が通っている。そこと取引できるのなら、今のウルライネン王室にとって願ってもない話だ。だから叔父ミスカが喜ぶのは当然で、けして不自然ではない。

 けれどなにかが引っかかる。

 叔父が話題を急に変えた理由がそのなにかだと気づいたが、ウルマスは知らん顔をすることに決めた。

 踏み込んではいけない領域だと、本能的に察したからだ。


「ええ、ありがたいことですね」

「そうだろう? これは今年一番の功績だと褒めてもらいたいね」


 そうして思いの他、豊かな冬を過ごした先。

 春を迎えるほんの少し前に、ウルマスの父、国王が崩御した。















































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