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第12話 番の披露

「ウクセン候の伺候を祝う宴である。皆、存分に楽しんでくれ」


 壇上のウルマスの言葉で、宴の幕は落とされた。

 質素倹約を信条とする当代の国王治世では珍しい、華やかなパーティだ。

 床に敷き詰められた絨毯、タペストリーは歴代の王が収集したもので、豹の国の絹で織られた最高級品だ。

 天井に吊るされた豪華な燭台は銀製で、これもこのパーティのためにわざわざ吊るし直されたもの。

 普段はみな、王宮の宝物殿に大切にしまい込まれている。


「惜しまず最高のものを使え」


 ウルマスの命に、侍従長は忠実に従った。

 その彼の差配で、ここ十五年絶えてなかった豪華な宴が開かれている。



「ウルライネンのますますの隆盛、心よりお慶び申し上げます」


 臣下の頂にある宰相ミスカから、ウルマスへの挨拶が始まる。

 白の礼装をまとった彼は、いつもどおり美しい。いつもと違うのは、側に彼のつがい、妻のミヨネがあることだった。

 ふわふわとした金色の髪には、大粒のエメラルドをあしらった豪華なティアラがのせられている。彼女の瞳の色にあわせたものらしい。

 大きなリボンとフリルをふんだんにあしらったドレスはピンク色だった。


(叔父上のお見立てか?)


 まさかと、即座に否定した。

 叔父ミスカの趣味の良さは、よく知っている。

 ごてごてした宝飾品にピンクのドレスなど、粋には程遠いウルマスにもわかる少女趣味の極みだ。まるで童話の中に出てくる姫のような衣装を、叔父ミスカが選ぶはずもない。


(この女の趣味ということか)


 苦い思いで、ウルマスはその女、叔父ミスカの番を見下ろした。

 これが叔父の番、創造神ヴェルアによって決められた相手かと思えば、心が冷えた。

 他人事ではない。

 ウルマスにも下るかもしれない運命だ。自分が選んだわけではない女を、唯一絶対の相手として迎えなければならないのはウルマスも同じだ。


「トゥルトラ大公夫人、久しぶりだな」


 叔父ミスカの隣で頭を下げていた女は、ぴょんと弾かれるように顔を上げて明るい声で応えた。


「久しぶりです! 私はもっと王宮に来たいんですけど、ダメだってミスカが言うんです。だから来られなくってごめんなさい」

「ミヨネ、控えなさい」


 叔父ミスカが低い声で窘めるが、妻ミヨネには少しも響かないようだ。

 面倒くさそうに「うるさいなあ」とミスカに言うと、ウルマスに笑顔を向ける。


「大公夫人って、王族ですよね? なのにどうして王宮に来ちゃいけないんですか? おかしいと思います」

「陛下、妻の無礼をお詫び申し上げます」


 叔父ミスカはミヨネの言葉にかぶせるようにして、言葉を継いだ。そして深々と頭を垂れる。


(この女、たしか平民の出だったな。それにしても嫁いで十年以上だろう。いまだにまともな会話もできないのか)


 呆れと同情の入り混じる思いは、ウルマスだけではなかったようだ。

 あちらこちらから同じ思いのこもった視線が、叔父ミスカに向けられている。


 ――――お気の毒に……。


 じっと耐えているミスカをこれ以上さらし者にしたくはない。

 ウルマスは一番肝心なことだけを、女に尋ねることにした。


「夫人は番保護所にいたのだったな。他にウルライネンの番紋を持つ女はいなかったか?」

「いませんでしたよ。私ひとりでした」


 まっすぐにウルマスの目を見て、その女ミヨネは言い切った。

 ウルマスの語尾の音が発せられたとほぼ同時、間を空けずすぐに。

 叔父ミスカは変わらず顔を伏せたままだ。


(嘘だな)


 直感だった。

 ミヨネのような者は、ウルマスには珍しくない。

 しゃあしゃあと嘘をつく。そして恥じることもないのだ。

 国王の問いにわずかの間もおかず、はっきりと言い切って答えるとは良い度胸だ。

 もし嘘がバレても、王族の番なら罰せられないと知っての太々しさが、ウルマスに事の真実を悟らせる。


「そうか」


 これ以上この女の不快なツラなど見たくもない。

 さがれと、わずかに頷いて次の者をと促した。


「もっと来てもいいですよね? ミスカに陛下から言ってください」

「よしなさい、ミヨネ」


 聞きようによってはかわいらしい高い声で、ミヨネはまだウルマスに話しかけている。それを叔父ミスカが抑えた低い声で窘める。

 引きずられるようにして、大公夫人ミヨネはウルマスの前から消えた。


(叔父上もご存知だったのか)


 ミヨネが嘘をついているなら、彼女を迎えに行った叔父も当然知っているはずだ。

 かなり高い確率で、叔父はもうひとりいたウルライネンの番に会っている。


(なぜ……と聞いて、素直に答えてくれるとは思えないが)


 ひとつはっきりわかるのは、叔父ミスカに今後全幅の信頼をおいてはならないということだ。

 いまのところ、ミヨネの嘘はウルマスのカンに過ぎない。

 なにか確かな証拠があるわけではない。


(だがこれがあるべき王の姿だろう。疑わないこれまでが、おめでた過ぎたのだ)


 次々と臣下の挨拶を受けながら、ウルマスは不機嫌だった。

 誰が悪いわけではなく、すべて自分が悪いと知っている。


「陛下、よろしければご自身でおでかけなさいませ。およばずながらわたくしが、御供、護衛をさせていただきます」


 人の波が途切れたタイミングで、ウクセン候がワイングラスを手にすいと側に寄って囁いた。

 灰色の髪は綺麗になでつけられてはいたが、その下の顔、野趣の勝った風貌は隠しようもない。


「何事もご自身の目や耳で確認することです。できないこともあるでしょうが、そういう場合の情報源は複数用意するがよろしかろうと」


 つい先ごろまで敵として戦ってきた男だ。

 その男がなぜこんな忠告をくれる。


「お疑いになるか。そうでなくては」


 からからと楽し気にウクセン候は破顔する。


「そうです、陛下。そうやってなにもかもをお疑いなさい。そうすれば少しずつ真実が見えてきます。とりあえず、私は裏切りませんよ。ウクセンに領民を残してきています。陛下のお慈悲なくして、彼らは飢え死にを待つだけです。それに我が妻はこちらに、人質として差し出しておりますから。裏切れるはずもない。私は妻を心から愛しているのですよ」


 ウクセン候の夫人の顔を、ウルマスは思い起こす。

 たしか白いパンのようにふわふわした、中年の夫人だった記憶がある。

 茶の髪に同じ色の瞳の背の低い女性。

 美人かと問われると、人の好みはそれぞれだからと言わざるをえない。

 けれどとても人好きのする笑顔の、愛らしい人だ。


「陛下に妻をお預けします。どうか大切に扱っていただきたい。妻さえ元気であれば、私の忠心は揺らぐことはありません。ですが妻になにかあれば、即座に寝返ります。陛下の御首級みしるし、なにがあってもいただきに参ります。どうぞお覚悟を」

「心配するな。余もウクセン候の意地と力は承知している。奥方のこと、必ず大切に扱おう。また万が一の時には、安全に落ち延びさせると約束しよう。ウルマスの名にかけて」


 投降した今は、新参ながら王家の盾となるべき将帥だ。それもかなり優秀な。

 ウクセン候の言がなくとも、ウルマスは自身で確認に出かけるつもりだった。

 そこへとびきり優秀な護衛がつくのなら、行かないという選択肢はない。


「一晩で駆け抜ける。老いの身だ。無理をせずとも良いぞ」


 薄く笑って挑発するウルマスに、かっかとウクセン候は笑う。


「王宮の奥におさまった若造が、よくぞ申されました。疲れたと泣き言を漏らされても、お慰めはいたしませんよ」


 その夜遅く、二頭の狼がウルライネンを発った。

 黒と灰色の、かなり大きな狼が。

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