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砦町の朝

 朝霧が街全体の景観を染めている。

 セトとシェナは白い息を吐いて、視界の悪い住宅地を歩く。姿を隠すには好都合の状況だ。


 住宅地をまばらに行き交う人影に紛れて街の北側の出口に足を向けた。

 南側はリュディア王国に戻る一本道しか無く、北側の道はリーオレイス帝国に接する湖へと続くが、湖は帝国だけに繋がっている訳ではない。

 船を調達して南東に向かって流れる川を辿っていくと、リュディア王国の淵を通ってフェルトリア連邦の端に続いている。

 フェルトリア連邦まで辿り着く事が出来れば、一連の騒動から身を眩ませることが出来るだろう。

 地元民と似た格好をしているのは正解だった。


 にわかに増えた旅装の魔女探し達が、道すがら同類と探索の首尾を情報交換して歩いているのが、どこに行っても目に入ってきた。


 大通りを抜けて北門にたどり着くと、魔女探し達にすっかり占拠されていた。

 一般人すら通さず、追い返してしまっている。門兵の姿もみあたらない。


「どうしよう? 入って来たところから出る?」

「もう明るいし、雑貨屋に近いからあんまり行きたくないんだよね……」


 声をひそめたシェナの隣に、ふと旅装の人間が近づいた。

 思わず逃げ出そうとセトの手を取って小さく身構えたが、思いがけず明るい声をかけられる。


「やぁ、昨日はどうも。酒場の姉ちゃん」

 茶系の色調で装備を纏めた若い剣士が、掌を挙げて笑顔をみせる。

「何だ、昨日のお客さんか! びっくりさせないでよね」


 一瞬誰と聞き返しそうになったが、リースの隣にあった顔だと思い出した。


「雑貨屋とか言ってたかい? 今はやめといた方が良いぜ。魔女探しの一団がピリピリしてるから、どんな巻き添えを食うか、わかんねーよ」

「……何かあったの?」

 シェナの瞳が底光りした事に、彼は気付いていない。


 セトはそっと彼女の背中で様子をみる。

 サルディスの教会では魔女探し達に顔をみられている。地元民の姿をしているからといって、ばれない保証はない。


「リーオレイスの軍人がいるって噂でね。鍛冶屋の奴が言ってただけなんで本当かはどうかは分かんねーけど。見張っとくに越した事は無いだろ? まぁ、乗り込む馬鹿もいるかも知んねーけどな。昨日君と飲んでたリースも、そっちに行ってるよ。案外、乗せられやすいんだよなぁ」


 ぼりぼりと頭を掻いて笑う目前の剣士の存在が頭の隅に追いやられる。

 実際、間違いなくジノヴィ達は昨日の夜には雑貨屋の中にいた。

 怪我をして寝込んでいたレギナがいたから、あのあとすぐに移動したとは考えにくい。

 この魔女探しの感じからしても、他の場所に目撃例もなさそうだ。


 シェナはセトをちらりと見る。


「……彼と話があるって言ってなかったっけ?」


 ここで知り合いの危機を放っておくことは、シェナにとって後味が悪いだろう。

 シェナは少し驚いたように目をひらいて、取った手を強く握った。


「……別行動したら、心配なんだけど」


 手のひらが熱い。

 いま彼女の頬を触ったら、もっと熱いだろう。

 助けに行かなきゃという自然な衝動に気付かれたのが、嬉しいのか、悔しいのか。


「僕も一緒に行く。それなら心配無いよね」


 ジノヴィには散々振り回されたけれど、こんな所で殺されて良いとは思わない。

 逃げようと決めた時点で彼との約束に未練は無かったが、また会うのなら、言いたいことがある。


 冷やかす剣士をあとに、シェナと一緒に駆け出した。


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