「――連絡鳥が一羽もいないって、何か、やばいんじゃないか?」
「何弱気になってんだ。こうやって追い詰めたんだから、倒しちまえばいいだろ」
ぐるりと雑貨屋のまわりを包囲した魔女探し達だが、どこか及び腰な空気が漂っている。
彼らは途中の山頂で、あの黒い羽蛇に食い千切られた多くの死体を目撃している。
その羽根蛇は倒した筈だが、それが今追いかけている魔女の仕業だとしたら、また同じような強さの魔物に襲われるかもしれないという不安がある。
魔女探し達がまるで警団のように周囲を占拠している状況に、地元住人も雑貨屋に入れなくなっていた。
正面からも裏口からも、出入りは出来そうにない。
住人を装ってその様子をみて素通りし、人目のつかない物陰に入る。
そういうシェナとセトに声をかけるような魔女探しはいなかった。
シェナがざっと見た感じ、リースの姿も見当たらない。
「この集団を他の場所に引きつけないと、確認もできないや」
シェナは小さく言って、難しい顔をした。
セトが囮になれば簡単に引き離せられるだろう。けれど、逃げきれなければ意味がない。
運動能力も魔法も、今のセトの機動力は人並みでしかないのだから、その手段は危険でしかない。
「ところで、リースって、誰なんだい?」
さっきの剣士が言っていた、一緒に酒を飲んでいた人間としか、セトには話が見えていない。
「この一団と一緒に来た魔女探しのひとり。山で蛇の魔物を倒して、一目置かれてるらしいよ。全身黒づくめで、片目だけ見せてる奴。気配からして強そうだったんだけど、得物が分からないんだよね。弓も剣も持ってなかったし、魔法使いっぽくも無いし」
真剣な顔をつき合わせて、もういちど包囲網を覗き込もうとしたふたりの背後から声がかかる。
「何、危険な事をしているの? 2人とも」
驚いて振り返ると、腕を包帯で吊り下げたレギナが立っていた。
シェナと同じような地元民の服装が、その口調に似合わない。
「うわ、びっくりした。なんでここにいる訳? 似合ってないし!」
シェナの口から正直な感想が飛び出す。
「一箇所でぼーっとしてる訳無いじゃない。無能だと思われちゃ困るわね。怪我だって、胴体じゃないんだから問題無いわよ」
蒼白な顔でそう言いながら、彼女はセトをみて、歩を進めた。
その足取りに、シェナはぱっと二人の間に割って入る。
「元気そうでなにより。囲まれてるから助けに来てあげたのに、心配して損したよ」
足を止めたレギナが、視線をセトからシェナにうつす。
空気が、凍りついた。
「それは、どうも。それじゃあ行きましょうか。ずっと待っていたわ」
ちらりとセトをみる目が、凍るほど冷たい。
どこかに連れ込まれて殺されるんじゃないかと思う程だが、彼女の感情を殺したような目は、ジノヴィがセトを見る目にそっくりだ。
任務に忠実な帝国人の、目。
「ちょっと待ってよ。行くって、どこに? まだ昨日みたいに、セトを殺す気じゃないよね」
警戒を解かないシェナの姿勢に、レギナは不快な色を隠さない。
「それは私達じゃなくて帝国が決める事。どうして情報屋の貴女がそれにこだわるの? 一緒に連れて来て貰えれば、帝国から大金が貰えるようにしてあげるから、うるさく言わないでくれる?」
シェナの扱いは心得ているのだろう。
嫌味ではなくサラリと金で釣ろうとする所が、合理的なリーオレイス人らしい。
「……ボクは守銭奴だけど、人間のクズになったつもりはないよ。こんな無害な人間を、連れまわして、挙句目的地の帝国に着いてからしか、処遇がわからない? ほんと、改めてだけど、意味わかんないね」
小さく本気で怒りを見せたシェナに、レギナの苛立ちが爆発しそうになる。
セトはいそいで二人の間にはいった。
「シェナ。とにかく今は大丈夫だと思うよ。まずはここから離れよう」
肩を掴むと、緊張した身体が小さく震えて、ゆっくり手中に馴染んでくる。
リーオレイス帝国の軍人に喧嘩を売るなんて自殺行為だ。流石に彼女もそれは分かっていたらしい。
「……セト=リンクス。面と向かって話すのは初めてね。私がジノヴィの相方、レギナ=クッシュよ。リーオレイス帝国へ……帝王のもとへ、何が何でも同行して貰うわ。生き延びたいのなら逃げるんじゃなくて、帝王に直接嘆願することね」
思っていたより温度のある言葉がレギナの口からでてきた事も驚きだが、『帝王』の単語が出てきた事も、心に留めておく。
「わかってるよ。ジノヴィとアルヴァはどこにいるんだい?」
「…………行くわよ。ついてきて」
迷いなく踵を返したレギナを一瞬呆然と見送りかけて、シェナの手を引いて慌てて後を追った。