細い山道を一列になって歩き続ける魔女探し達の頭上から、ぱらぱらと石が落ちる。
斜面を見上げた何人かが、大量の土砂が流れ落ちてくるのを発見した。
が、魔法使いが詠唱をする間もなく土砂に押し潰される。
そうしてその魔女探しの一行は、土砂のなかにきえた。
「さあ、次の街にこの知らせを持って行って、情報料を頂こうか」
眼下の惨事に意気高揚とした男達に声をかけて、セトはにっこりと笑顔を浮かべた。
自分の村を滅ぼした魔女探し達に逆襲する。
当然といえば当然だが、ただの村人が立てた計画は、あまりに危険だった。
相手は長旅に慣れ、魔物と戦う事にも慣れている。炭坑の土と闘ってきただけの男達よりは、ずっと強いだろう。だから得意な土木工事技能を活かして、しかも奪われた財産を少しでも取り戻せるやりかたで逆襲する方が、効率的だと提案しらのはセトだ。
災害被災者の出自が不明なら、身に着けていたものは、発見者のものになる。
「しかしこんな森の中に入り込んで、一匹の魔物にも出くわさなかったのは運が良かったよなぁ」
仇をとった喜びに沸く炭鉱の男達から離れて、二人の青年が傍に立つ。
彼らの冷静さが無ければ、血気盛んな炭鉱の男達の統制を取ることは出来なかっただろう。
「日頃の行いが良いんだよ」
「日頃の行いが良いのは、セトさんぐらいですよ? 俺が川原で貴方をみつけられのも、凄い偶然でしたし」
イアンと名乗った頼りなさそうな青年が、人懐っこい笑みを向けてくる。
水に溺れて忘れてしまった自分の名前と状況を教えてくれたのは、この好青年だ。
ジルという男も、セトが同郷で占い師として働いていたのを知っているという。
持っていてくれた占いの絵札が川に流されて拾っているうちに、捜していた人間も拾い上げたというのは、確かに凄い偶然だ。
ただし絵札は殆ど流れてしまって、セトに引っ掛かった一枚だけが手元にある。
物音のしなくなっていた崖の下から、いきなり声があがってきて、思わず覗き込んだ。
「ちょっと! なんで道埋まってんの? 何これ?! 先に行ってた奴らも埋まってんの? え~! これ誰が掘り返せって~?! くっそ面倒なんですけど~…………!」
人間が埋まった事よりも、通路を塞がれたことに文句を言う少女。ふと目が合った。
まずいと身を竦ませるのと同時に、イアンにぐいと後ろに引き戻される。
一瞬遅れて、小粒な発煙弾が今いた空間で弾ける。ツンとする煙をまき散らした。
「まずい、見られたか。追って口封じを…………」
素早く引き返して逃げた彼女の背中をみつけて、ジルが斜面を滑り降りようとする。
「待て!」
よく通る大声が自分の口から出てきた事に、全員が驚いて振り返る。
「害して良いのは、悪い奴だけだよ。罪も無い誰かを巻き込めば、その禍は自分に跳ね返ってくる。…………僕らが、今、仕返しをしたみたいにね」
男達の注目をあびながら、ゆっくり、言葉を紡ぐ。
…………あの少女の瞳が、どうしてか胸に焼き付いて、離れない。
「しかし、セトさんが犯人だと言い触らされては、自警団に追われる事に…………」
「そうですよ、俺達がやった事なのにセトさんひとりが通報されるなんて!」
どっと皆が声をあげる。
村を焼いた仇を倒した直後の高揚か、今にもあの少女を追い掛けて行きそうだ。
少し目をあげて、冷たい空を見上げる。
――彼らと村で過ごした記憶はない。どうして彼らはわざわざ自分の判断を仰いで、従ってくれるのだろう?
「いいよ。自警団なんて、その地域から逃げれば良いんだから。むしろ集団で逃げるよりも、僕ひとりなら、どうとでもなるよ」
「そうはいきません! 俺は今度こそ、貴方を護らせて貰いますからね!」
まっすぐに即答した熱いイアンの意気が、なぜか、まわりの男達をも染める。
どうしてこの青年がこんなに自分を大切にしようとするのか分からないが、それは、失った記憶のなかに、たぶん何かがあるのだろう。詳しくは聞いていないが、捜してくれていた間の出来事や想いも、彼らの意気込みになっているのが、肌で感じられる。
まあ、行くあても、目的もないのだから、どうなっても良い。
そう、ふわりと考える。
無くした記憶を探すより、今ある現実を素直に受け止めて生きていく方が、楽しそうだ。
占い師だと言われたが、やり方もわからないし、絵札も失っている。
ひとつだけ残っていたという絵札を取り出して、改めてその絵をみる。男が荷をひとつ肩に掛け、田畑の明るさの中で微笑を浮かべて横を見ている。その下には「愚者」とだけある。
多分深い意味があるのだろうが、今の自分にはわからない。
愚者。
何も知らずとも、笑っていられるなら、それでいい。
そう、励まされている気がする。
くしゃ、と絵札を握り潰して、驚いた顔のイアンを、まっすぐに見つめた。
「じゃあ、護って貰おうかな? でも、僕も、君達を守らせて貰うよ。まぁ、弱いけどさ、そんなに頭は悪くは無いと思うんだ」
ぱっと顔を輝かせたイアンの表情が、新鮮で、おもしろい。
セトは、にっこり笑って、男達を見渡した。20人はいるだろうか。これだけの自警団に追われるような集団となれば、それはもう賊だろう。
「今日から僕たちは、盗賊団だ。どうせ逃げ回るなら、後腐れなく逃げようじゃないか」
びっくりしたイアンと、嬉しそうな声をあげたジルと。
そして、帰る場所を失くした男達が、皆、こんなところで笑っている。
澄んだ冷たい空の下で、柔らかい時間が、動き出した。
完