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第10話 無粋な襲撃者『赤帽子』

「メッツァ、避けろ」

「え?」


 唐突な警告の言葉に、メッツァが反射的に顔を上げると、寸前まで眼前に迫っていたモノ。

 無意識に、思い切り転んで何とかそれをかわした時、ようやくそれが巨大な斧槍であることが把握できた。


 ころりころりと壁に石やら木の根など何本も落ちる音が響いたが、恐怖と驚愕は、メッツァの意識から完全に抜けていた。

 ただ呆然と、その襲撃者を見上げる。


 赤い帽子を被ったゴブリンが、血走った眼でメッツァを睨み付けていた。


「あ、ああ! レッドキャップ!」

「ギッ! ギギッ!」


 ゴブリンの斧槍が異様な速さで振り下ろされるが、その刃はメッツァの脳天を外れて、床を砕き石片が飛び散る。

 咄嗟にリューファスが蹴りで斧槍の軌道をそらしたのだ。


 腰から剣を引き抜くと、颯爽とリューファスが前に出た。


「下がっていろ、メッツァ」


 窓から、入り口から、天井の隙間から、次々に赤い帽子を被ったゴブリンが現れるのが見て取れた。話し合いの余地は、当然ない。


「やはり、亜人扱いで十分ではないか」


 まるで剣術の手ほどきをするように、ゴブリンの斧槍に軌道をあわせて、軽やかに刃を流した。


 リューファスの刀剣に込められた魔力が淡い発光を魅せる。

 一般的な人造魔剣だそうだが、この状況には最適だ、とリューファスは不敵に笑みを浮かべた。小振りで屋内では扱いやすい。


 鋭い光が斜陽の空間に散らばり、硬質の金属同士がぶつかり合う音が空間を支配した。


 這いずったまま、なんとかメッツァが廃教会の物陰へと避難しようとする。


「うわわ……今、頭を割られる寸前だった!」


 ゴブリンが牙を剥きだしにして、リューファスに飛び掛かった。

 斧槍による一撃は、容易く石畳を陥没させる。その膂力によって繰り出される一撃は、常人の目で追えるような速度では無かった。


 続いて、破裂音が連なって聞こえた。

 廃教会の外から、何匹ものゴブリンたちが包囲してマスケット銃を発砲しているのだ。火薬式の武器は、器用なゴブリンにとっては扱いやすいものだった。


「ギッ!」


 ゴブリンがリューファスを仕留めたと思ったのか、歓喜の声を上げた。


 しかし、その喜びは一瞬で絶望へと変わった。リューファスは剣で一撃を受け流しながら、そのまま体を回転させて、斧槍を絡め取るように剣を振るった。


「グギャ!」


 流れるように刃を跳ね上げて、ゴブリンの頭部を切断。赤い帽子が宙に舞う、鮮血で染めたような帽子が、傍の石柱にぶつかってどこかへ消えてしまった。


「ギッ!? ギギッ! キキキ!!」


 槍斧を構えていたゴブリンらは隊をなし、陣形を組んだ。空気が一層張り詰めた。


 まず、二匹のゴブリンたちがほぼ同時にリューファスへと襲い掛かった。教会の外から放たれるマスケット銃も再度響く。


 黒煙が廃教会の空気を汚した。

 仲間の銃を受けてすでに息絶えたゴブリンもいたが、命令に従ってリューファスに向け発砲を続けるゴブリンたち。外れた弾丸は、教会の柱や壁を跳弾する。


 刃を振るって、弾丸と襲い掛かるゴブリンをなぎ払いながら、突き進む。何度か直撃を弾いてもリューファスは顔色一つ変えることはなかった。


 天井から飛び掛かるゴブリンを素手で殴り倒し、もう片方の腕で敵を貫く。

 繰り出す蹴り技は、ゴーレムの装甲をへしゃげさせるだけあって、ゴブリンの肉体程度なら真っ二つに出来た。


「フム、やはりあれだ。小さな体躯で、こう俊敏に跳ねられるとやりづらい」


 圧倒しているように見えて、リューファスは油断できなかった。

 遠心力を利用した槍斧の一撃は、小柄なゴブリンであっても、とてつもない破壊力を有する。ましてや、小柄故に的が小さい。


 一方、わずかな間に戦場となってしまった廃教会の隅で、メッツァはなんとか状況を把握しようとした。


「お、襲ってきたのは、反人間派のゴブリン。それも傭兵を生業とする『レッドキャップ』の一団だ。えっと、彼らは金や食料などの対価で、殺しや略奪を行う。つまり、襲撃のプロだ」


 襲撃に来た以上、包囲が完成されているとメッツァは判断。

 廃教会の窓や入口に視線を走らせて、銃手の位置を探る。


「ギギッ! ギギギッ!」

「キキッ! キキッ!」


 ゴブリンたちは、リューファスの圧倒的な力に恐怖したのか、あるいは苛烈な剣技と強靭さに魅了されてか。まるで英雄を崇めるように、手を叩いて歓声を上げる。


 同時に、襲撃に上乗せされる殺意が高まった。

 奇妙なことだが、これが刃と銃を用いた宴であるかのように、ゴブリン達は夢中になって攻撃してくる。


「血に酔っているのか、あるいはこの闘争自体を遊びや演目と捉えているのかも知れないが、なんにせよ無邪気なものだ」


 吐き捨てて、リューファスが狂乱と化した軍勢の中心へと一直線に突き進むと、互いに合わさった銃の弾幕が行く手を阻んだ。


 寸前で計算して、リューファスは争うゴブリンを盾にして防ぐ。


 何度か弾いてはみたが、マスケット銃から放たれた弾丸による衝撃や貫通力は、無防備に受けるとそれなりに『痛い』ことは理解できた。


 この距離でならば、木製の扉や遮蔽物なら容易くぶち抜くであろうし、金属鎧でも貫通する可能性はありうる。


(超人たる余は、銃弾如きで死ぬことはないだろうが、当たって無視できるダメージでもない、か)


 最中、メッツァは、眼鏡越しに激しい戦闘をじっと観察していた。

 耳に響く銃声や金属の激しい衝突音を無視し、彼の視線は一切揺るがなかった。


 リューファスの動きが、まるで計算された舞のように滑らかに映る。

 弾丸が飛び交い、ゴブリンたちが狂乱する中、彼は戦場の全体像を瞬時に読み取っていた。


「――ゴブリンの動きは予測可能だ」


 指を添えて解析眼鏡の視覚効果を調整した。廃教会の物陰に目を凝らそうとする。


「リューファスの位置、ターゲットA、299.32.60……射程20メートル、角度45°」


 視界の端で、リューファスが一匹のゴブリンを盾にして弾丸を受け流す。


 メッツァの眼鏡に映る光景は、戦場と言う名の複雑なデータだ。抽象化され、次々と計算されている数値化された現実。


「ゴブリンのマスケット銃の弾は、少なくとも次の30秒で再発射される。リューファスが位置を変えずに突進を続ければ、その先に待ち受けているのは銃弾の弾幕だ。彼がさらに突撃すれば、進行方向を遮る形で建物の柱がある。もしあそこに飛び込んで隠れれば、弾は回避できる……だが、リューファスはそれを選ばない。だから、その前に止める」


 メッツァの視界は、戦闘の中心を超高精度で解析していた。


 廃教会の陰影と、ゴブリンたちの激しい怒声や金属音が耳に入るが、メッツァの目はただ表示される数字に集中している。


 その間も、リューファスがゴブリンの斧槍の攻撃を受け流し、次の瞬間にはその一撃で相手の頭部を切り落としていた。無情にゴブリンを切り裂き、素早く身を翻す。


 メッツァの目にはその動きさえも、予測可能な定規で測られたように見える。


 手の平をかざして、メッツァは術式を選択。


「古教会という閉鎖空間で、爆炎やガスは使うべきではない。精密、かつ、制圧可能な攻撃が望ましい」


 首から下げた宝珠に閉じ込められた虚数空間内で、魔弾を構築。

 同時にリアルタイムで修正を掛けながら、弾道を引く。思い描いた通りの軌道を描く、物理化した情報の弾丸を。


 目の前のゴブリンたちを三次元的に分析し、次々にその位置を算出。

 視覚効果の調整を終え、彼は静かにメモリにその情報を入力した。その度に宝珠がエメラルド色に煌めくと演算結果を瞬時に弾き出す。


「弾が通過する位置にターゲットB、311.41.78。やはりこっちが先。ターゲットC、こいつは少し遠い、弾道を上げる必要がある。約2秒後に届くはず、位置が変わる、再計算」


 冷徹に呟くその声は、戦場の喧騒の中でも消えることはなかった。


 メッツァは、リューファスが突き進む先を先読みし、同時に周囲のゴブリンの動きもある程度計算。彼の首元の宝珠は、繰り返し再計算し、次第に精度を上げる。


「……撃つなら今」


 メッツァの声は、周囲の戦闘音に飲み込まれそうになるが、それでも計算は揺らがない。


 手を前にかざし、術式を展開。宝珠がひときわ強く光ると、虚数空間からの魔弾が解放され、実世界の物理法則を上書きするように存在を発現させていく。


「『虚弾射手』っ!」


 虚ろな魔弾が疾く光るのが見えた。複数の光の尾だけが、視界に焼け付く。


 空中を駆け抜け、次々とゴブリンたちを捉えていく。彼の目の前に広がる戦場の中で、ターゲットAに向かって直線的に進み、最初のゴブリンの頭が砕ける。


 音もなく、まるで時間が一瞬止まったように、ゴブリンが破裂し、血しぶきが廃教会の空間を満たす。


「絹糸のように、繊細に。 職人針のように、正確に」


 魔弾が空中を駆け抜け、次々とゴブリンたちを捉えていく。

 うねり、不自然な直角の軌道を描いて、教会を覗くように窓の陰から射撃体勢に入ったゴブリンの一人の頭部に炸裂した。


 まるで水風船を割るように弾けた。脳漿と血しぶきが散り、頭蓋の破片と肉片が飛び散る。


 仲間の悲鳴に振り向いたゴブリンたちが、慌てて物陰に身を隠そうと飛び込んだ瞬間、その背中や後頭部に魔弾が着弾する。


 悲鳴と肉が弾ける音が連なるように響き、数秒後には、残ったゴブリンたちが動揺し、散り散りになっていく様子が映って、メッツァは小さく笑った。


「――計算通り」


 数字がピタリとはまって、目の前に現れるのはいつも爽快な気分だ。

 それが慣れない戦場であったとしても。


 己の冷徹な計算が、現実の戦場をも支配したと言う高揚感があった。


 そして、目の前の戦闘が終わる前に、次の瞬間に備えて再計算を開始している自分がいた。

 だから、気付いた。廃教会に仕掛けられていた『警鐘』の術式に。


「レッドキャップの奴らめ。 廃教会に『警鐘』の罠を仕掛けるなんて」


 侵入者を術者に知らせる警備用の設置型魔術だ。

 フィールドワークに慣れてなかったせいで、全く気付かなかった。メッツァは自分の落ち度だと思った。


「よくやったな、メッツァ。 しかし、新手が廃教会の外にいるようだぞ」


 警戒を解かないリューファスの姿に、ため息をつきたくなった。


(護衛としては、頼もしいけどさあ。あまり戦闘については期待しないでほしいよね。僕は単なる研究者であって、戦闘なんていう無粋なものは、戦士の役割なんだし)


 やれやれ、とうんざりしながらも立ち上がると、メッツァはおかしなことに気が付いた。

 廃教会の外でも、戦いが起きていたからだ。

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