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第28話 試し斬り

「せっかくだ、試し斬りと行こう」


 リューファスは名刀タリアエルバを振り上げ、一気に踏み込む。剣筋が閃光のように走り、最前列の魔獣が二体、音もなく地面に倒れた。

想像以上の切れ味に、思わず会心の笑みを浮かべる。


「行くよディー!」

「ええ、ダム。任せて」


 双子の槍術士は息の合った動きで前進し、茨の棘を纏った槍を魔獣の肉体に突き立てる。茨は瞬く間に生き物のように絡みつき、敵の動きを封じていく。


 ディーは僅かに後方に下がり、姉のダムを援護するように茨の壁を築いた。


 そこへ、甲高い声を上げた大鴉が空から奇襲をかけてくる。


 ダムとディーの双子姉妹は、烈風と鉤爪、魔獣の咆哮ハウリングによる精神攻撃という三重苦に、のけぞり、陣形が崩れた。


 悲鳴が上がる中、兎人の娘マルシャは矢を番えた弓を引き絞り、大鴉を狙う。


「――兎人の矢を受けよ、無鉄砲な怪鳥ジャブジャブ鳥


 放たれた矢は音を立てて空を切り裂き、羽根に突き刺さると炸裂する。


 大きな羽根が何枚も千切れて、消し飛んだ。放たれた音波が咆哮を打ち消し、体勢を崩す。

 しかし、なお大鴉は羽ばたき、受けた攻撃を振り払うように空中へ舞い上がろうとした。


「『虚弾射手』っ!」


 そこにメッツァが構成した魔弾が次々に着弾する。

 周囲にいた雑魚を貫きながら、的確に大鴉の飛行を阻害。


 呼応して、ダムとディーの双子姉妹がなんとか持ち直し、茨で大鴉を縛り上げた。


 隙を見逃さず、リューファスが一気に駆け上がる。


「援護、感謝するぞっ!」


 リューファスの剣が閃光のように輝き、大鴉の胴体に直撃。その一撃で、両断された大鴉は霧の中へと消え去った。

 だが、まだ戦いは終わっていないと、一息つくこともなく、そのまま軍勢に突撃していく。


 邪悪なる軍勢ワイルドハントに囲まれながら活殺自在たる立ち回りで、大剣を用いて薙ぎ払う。水を得た魚のように、戦場を生き生きと走った。


 兎人の娘マルシャは、次なる矢を番えながらつぶやいた。


「ヒュドラの鱗で蘇りし剣。軍勢を草のように薙ぎ払う、か」


 それは名刀タリアエルバに纏わる古いおとぎ話。兎人族のとある英雄譚。


「まるで、兄さんみたい」


 マルシャはリューファスの活躍に、まだ会えぬ探し人の姿を重ね合わせていた。


 一方、メッツァは戦局を俯瞰する。


 昨日の戦いよりも、かなり彼は余裕があった。一つは、仲間を識別登録する術式を虚数演算宝珠に組み込めたこと。


 もう一つの理由は、マフェットから与えられた『魔獣の魔布』を羽織ることで、防護に必要な恒常術式が効率化されたことだった。

 『魔獣の魔布』は軽く丈夫なだけではなく、魔力を有する生きた布として活用することが出来た。


(――これはいい。空気の操作や揚力制御がしやすい。比較的、少ない推力で機動力に変えられる)


 はたから見れば、メッツァは重力を無視して飛び上がり、滑空しているように見えた。


 魔術の射線を通すうえで、高さの概念が得られることは、敵から狙われやすくなるデメリットを差し引いても、明らかに有益だった。


 時折、飛んでくる矢弾や魔術を、確率改変や風壁を混合させた『矢避け』によって逸らし、高度差を生かして爆撃と援護射撃を展開する。


「『爆炎の槍』を連鎖展開、『爆域飽尽』」


 空気中の元素を組み合わせ、エチレンとプロピレンを合成。この混合ガスはほぼ無色無臭、かつ、高い燃焼熱と爆発範囲を持つ。


 味方を巻き込まない位置を焼き尽くすには、術の配置に気を配らねばならない。とは言っても、霧が立ち込めるほど、空気が淀んだ空間には、比較的自由に展開しやすかった。


 敵に気づかれることもなく広げ、そこに虚数空間内で合成した爆薬と、燃え滾る金属核を上乗せして撃ちだし点火する。


「連鎖展開完了――爆域、起動」


 メッツァの冷静な声が戦場に響いた刹那、魔獣たちの中で閃光と爆発が連鎖的に広がる。


 空気中にばら撒かれたエチレンガスと魔力が一体化し、火柱が敵陣を呑み込んだ。咆哮と悲鳴が混ざり合い、黒煙が霧と交じり合って視界をさらに不明瞭にする。


 先日やり合った騎士団の慟哭鬼ラメンター方が、統率が取れていてやりにくかったのが正直なところだ。


 旧時代的な対魔装甲でも、一丸となって運用されると、突破に貫通性や規模を要求される。

 今まで戦った相手の中で、一番、数は多いが、同時に烏合の衆でしかないのだろう。


 わずかな戦闘経験の中で、メッツァは確かに成長していた。


 そこに、アラクネのマフェットが、空白となった敵地の中央に優雅な足取りで歩み出る。

 装飾の多いドレスをはためかせて、堂々と舞台に躍り出るように注目を集める。


 背中の蜘蛛の足が鋭くしなり、鎌のように振り下ろされるたび、敵は無残に切り裂かれていく。


 邪悪なる軍勢ワイルドハントの騎兵や、慟哭鬼ラメンターの戦士が武器で攻撃を加えようとするが、硬質な蜘蛛の足が刃を受け流し、返す一手で切り刻む。


「これが淑女の歩き方グレイスフルウォーキングよ。まあ、見惚れる暇なんてないでしょうけど」


 冷ややかに微笑む。

 その動きには無駄がなく、敵を翻弄しながら着実に数を減らしていった。


 そこに一太刀浴びせてきたのは、邪悪なる軍勢ワイルドハントの統率者。

 灰色の甲冑を纏うが、隙間から邪気から漏れ出している。顔をフードで覆い隠しており、表情を読むことは出来ないが、強烈な威圧感が伝わってくる。


「あらぁ、ダンスのお誘いならもっと情緒を持ってしてくださる? 『死の統率者デスロード』さん」


 死の統率者デスロード。邪悪なる軍勢を率いる者。


 それぞれの手に曲刀を握りこむと、連続して斬撃を放ってくるのを、蜘蛛足を使って弾いていくマフェット。


 呪力が練りこまれた刃は、猛毒となり得るだろうが、傷すら負わなければ脅威ではない。太刀捌きの甘さを突いて受け流す。

 鋼と蜘蛛足が幾度となくぶつかり合い、火花が散った。

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