「せめて、もう少し、エネルギー量が低い攻撃なら」
メッツァは思わず弱音を吐いた。
一撃の余波だけで、生命の痕跡すら消し去ってしまう破壊力だった。
大地を削り、空気を焼くような威力。砲弾を回避するだけでは不十分だ。
「くっ、防御手段があまりに限られる」
そんな絶望的な状況下、突如、狂帽師へと攻撃が降り注いだ。
救援が駆けつけたのだ。
「静かに絡め取り、逃さない。それが茨の美学」
「それはあたしの
ダムとディーは息を合わせて槍を交差させ、忍ばせた茨の蔓を放った。
狂帽師の肉体を容赦なく切り裂きながら、凶暴な蛇のように絡みついていく。
続くマフェットが影のごとく忍び寄り、俊敏に間合いに潜り込むと、八本の足から繰り出される攻撃が狂帽師を襲う。
一撃一撃が、本来なら致命傷となりうる正確さだ。
「おやおや、賑やかな歓迎だ」
全身を茨で縛り上げられ、血を流しながらも、狂帽師の顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
絡みついた茨の蔓が金属の身体を締め付け、切り裂いていくが、己の状況をどこか楽しんでいるようだ。
「蘇生の残数も少ないだろうに、よく来たものだ。ククク、無謀も芸のうちかな?」
嘲る狂帽師に、啖呵を切るダム。ポニーテールが可憐に揺れた。
「よくも、好き勝手してくれたね。私はトゥイードルのダム、
「トゥイードル、ね。……よくも、聞きたくもないことを聞かせてくれたな、
「知ってる? 赤帽子の首領、アンタの首にいくらの値段が付いてるか」
「クク、ゴブリンの見分けなどつかぬくせに」
先頭を切って、ダムは魔力を込めると蔓の圧を強めた。
ディーも協力して、二人掛かりで拘束を続ける。
身動きが鈍くなった狂帽師に、身軽なマフェットが前線を張り続けた。
激しい攻防が繰り広げられる。
「はあ。思い起こせば、物語の幕開けを台無しにしたのは、君たちの予期せぬご登場だった。本来なら廃教会で華々しくフィナーレを飾るはずだったのに」
うんざりしたと言わんばかりに、狂帽師はため息を交じりに悪態をついた。
狂帽師の体内から歯車の回転音が響き渡り、加速していき、金属交じりの身体が赤熱していく。
「茨も蜘蛛も、所詮は一時の装飾に過ぎぬもの。もはや死に体の君達に安息を差し上げよう」
狂帽師の体が膨張するように歪み、蓄積されたエネルギーが爆発的に放出された。
茨は焼き切れ、蜘蛛の足は跳ね飛ばされ、メッツァたちは衝撃波に飲み込まれる。
「くっ……! 何て力だ!」
ディーは反射的に茨を盾として展開し、ダムとともに後退する。
一方、マフェットは宙を舞いながら、軽やかに地面に着地した。
「なんて不格好な王子様。研究者さん、あなたっていつもピンチになってない?」
マフェットの皮肉を気にも留めず、膝をついたメッツァは額の汗を拭いながら答える。
「黙ってくれ、マフェット。奴の力は規格外、突破には特別な手が必要だ」
自爆したように見えた狂帽師だが、原形はとどめたままだ。剥がれた皮や衣服がまた表面を覆っていく。
魔力量が膨大なのもそうだが、狂帽師と言う術士は、使う手札に底が見えない。
戯れに次から次へと、相手を驚かせるためだけに、術式を晒しているようにすら見える。
(命を賭けた戦場で、それがなぜ出来る? イカレてるだけか。それとも、強者としての余裕か。いや、このゴブリンが、そもそも僕たちと同じ立場に立っていないんだとしたら?)
メッツァが解析レンズのズレを直しながら、弾き出された数値に目を向ける。
研究生として働いていて、メッツァに身についた経験則が1つある。
それは蓄積されたデータに違和感を覚えたら、それを大切にすることだ。
すると目玉がギョロッと、狂帽師の次の獲物を求めるかのように動き出す。
その視線がメッツァを捉えた。
「ああ、
唐突に、狂帽師は道化めいた振る舞いを止めた。
「キングに、クイーン。トゥイードルに、君の眼。嫌な組み合わせだ……惜しいが幕引きにしよう」
再び、狂帽師の異形の腕が振り上げられる。
込められている魔力から、また得体のしれない術式が発動することだけが理解できた。
だが、狂帽師がその一撃を放つ直前、神殿の奥から衝撃とともに重厚な音が響き渡った。石造りの扉ごと壁が砕け散る。
同時に、狂帽師の異形の腕が弾けて、バラバラになった。
誰も何が起きたか、わからなかった。
狂帽師の動きが止まる。彼でさえ、一瞬戸惑いを見せたほどの存在感。
溢れ出したのは、圧倒的な重圧――そして、禍々しい瘴気。
死者たちを統率する真なる王。
何度殺しても、年月を経て蘇る無敵の存在。呪詛を振り撒く災厄。
闇の中から、ゆっくりと姿を現したのは、窮屈そうに翼を折りたたんだ紫竜だった。
「まさか、あれが邪竜ジャバウォック……?」
メッツァがその名を呟くと同時に、場の空気が凍りついた。
その長い体躯は毒々しく、
狂帽師は驚愕から、素早く冷笑へと表情を切り替えた。
「おやまあ、待ちきれなかったのかね。忌まわしき蛇めよ、冥府の底で夢の続きを楽しめばよかったものを。それとも、それほどまでに恋しかったかね」
ジャバウォックが咆哮を上げる。
巨大な音波が周囲を襲い、神殿全体が震えた。その場にいる全員が耳を塞ぎ、耐えるしかない。
咆哮に呼応して、魔法陣が狂帽師の周囲に展開されたかと思うと、瞬きする間もなく奴をバラバラに引き裂いた。狂帽師の身体から歯車やネジがこぼれ、飛び散る。
「ぐばばぁあっ!? 吾輩の肉体があぁぁっ!」
狂帽師が悲鳴を上げた。
遮断された密閉空間内で、重力波が局所的に超増幅。対象を引き裂き圧壊させる。強力な重力術式。
目に見えない重力の