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第42話 狂宴の終わり

「せめて、もう少し、エネルギー量が低い攻撃なら」


 メッツァは思わず弱音を吐いた。


 一撃の余波だけで、生命の痕跡すら消し去ってしまう破壊力だった。

 大地を削り、空気を焼くような威力。砲弾を回避するだけでは不十分だ。


「くっ、防御手段があまりに限られる」


 そんな絶望的な状況下、突如、狂帽師へと攻撃が降り注いだ。

 救援が駆けつけたのだ。


「静かに絡め取り、逃さない。それが茨の美学」

「それはあたしの研究者さんごちそうよ、横取りしないでくれるかしらっ!」


 ダムとディーは息を合わせて槍を交差させ、忍ばせた茨の蔓を放った。

 狂帽師の肉体を容赦なく切り裂きながら、凶暴な蛇のように絡みついていく。


 続くマフェットが影のごとく忍び寄り、俊敏に間合いに潜り込むと、八本の足から繰り出される攻撃が狂帽師を襲う。

 一撃一撃が、本来なら致命傷となりうる正確さだ。


「おやおや、賑やかな歓迎だ」


 全身を茨で縛り上げられ、血を流しながらも、狂帽師の顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。


 絡みついた茨の蔓が金属の身体を締め付け、切り裂いていくが、己の状況をどこか楽しんでいるようだ。


「蘇生の残数も少ないだろうに、よく来たものだ。ククク、無謀も芸のうちかな?」


 嘲る狂帽師に、啖呵を切るダム。ポニーテールが可憐に揺れた。


「よくも、好き勝手してくれたね。私はトゥイードルのダム、狂帽師マッドハッター。茨の流儀で、お前を処刑する」

「トゥイードル、ね。……よくも、聞きたくもないことを聞かせてくれたな、小娘ミッシー。ご褒美にとても愉快な末路を体験させてあげよう」

「知ってる? 赤帽子の首領、アンタの首にいくらの値段が付いてるか」

「クク、ゴブリンの見分けなどつかぬくせに」


 先頭を切って、ダムは魔力を込めると蔓の圧を強めた。

 ディーも協力して、二人掛かりで拘束を続ける。


 身動きが鈍くなった狂帽師に、身軽なマフェットが前線を張り続けた。

 激しい攻防が繰り広げられる。


「はあ。思い起こせば、物語の幕開けを台無しにしたのは、君たちの予期せぬご登場だった。本来なら廃教会で華々しくフィナーレを飾るはずだったのに」


 うんざりしたと言わんばかりに、狂帽師はため息を交じりに悪態をついた。

 狂帽師の体内から歯車の回転音が響き渡り、加速していき、金属交じりの身体が赤熱していく。


「茨も蜘蛛も、所詮は一時の装飾に過ぎぬもの。もはや死に体の君達に安息を差し上げよう」


 狂帽師の体が膨張するように歪み、蓄積されたエネルギーが爆発的に放出された。

 茨は焼き切れ、蜘蛛の足は跳ね飛ばされ、メッツァたちは衝撃波に飲み込まれる。


「くっ……! 何て力だ!」


 ディーは反射的に茨を盾として展開し、ダムとともに後退する。

 一方、マフェットは宙を舞いながら、軽やかに地面に着地した。


「なんて不格好な王子様。研究者さん、あなたっていつもピンチになってない?」


 マフェットの皮肉を気にも留めず、膝をついたメッツァは額の汗を拭いながら答える。


「黙ってくれ、マフェット。奴の力は規格外、突破には特別な手が必要だ」


 自爆したように見えた狂帽師だが、原形はとどめたままだ。剥がれた皮や衣服がまた表面を覆っていく。


 魔力量が膨大なのもそうだが、狂帽師と言う術士は、使う手札に底が見えない。

 戯れに次から次へと、相手を驚かせるためだけに、術式を晒しているようにすら見える。


(命を賭けた戦場で、それがなぜ出来る? イカレてるだけか。それとも、強者としての余裕か。いや、このゴブリンが、そもそも僕たちと同じ立場に立っていないんだとしたら?)


 メッツァが解析レンズのズレを直しながら、弾き出された数値に目を向ける。

 研究生として働いていて、メッツァに身についた経験則が1つある。


 それは蓄積されたデータに違和感を覚えたら、それを大切にすることだ。


 すると目玉がギョロッと、狂帽師の次の獲物を求めるかのように動き出す。

 その視線がメッツァを捉えた。


「ああ、赤子マペット。それだ、君の分析癖がよくない。それは己が死ぬ寸前でも、目の前の事象を解き明かそうとする眼だ。君は時間を与えれば、全てを解き明かしてしまうかもしれない」


 唐突に、狂帽師は道化めいた振る舞いを止めた。


「キングに、クイーン。トゥイードルに、君の眼。嫌な組み合わせだ……惜しいが幕引きにしよう」


 再び、狂帽師の異形の腕が振り上げられる。

 込められている魔力から、また得体のしれない術式が発動することだけが理解できた。


 だが、狂帽師がその一撃を放つ直前、神殿の奥から衝撃とともに重厚な音が響き渡った。石造りの扉ごと壁が砕け散る。


 同時に、狂帽師の異形の腕が弾けて、バラバラになった。

 誰も何が起きたか、わからなかった。


 狂帽師の動きが止まる。彼でさえ、一瞬戸惑いを見せたほどの存在感。

 溢れ出したのは、圧倒的な重圧――そして、禍々しい瘴気。


 死者たちを統率する真なる王。

 何度殺しても、年月を経て蘇る無敵の存在。呪詛を振り撒く災厄。

 闇の中から、ゆっくりと姿を現したのは、窮屈そうに翼を折りたたんだ紫竜だった。


「まさか、あれが邪竜ジャバウォック……?」


 メッツァがその名を呟くと同時に、場の空気が凍りついた。


 その長い体躯は毒々しく、爛々らんらんとした鋭い瞳は、獲物を貫くような殺意を放っていた。


 狂帽師は驚愕から、素早く冷笑へと表情を切り替えた。


「おやまあ、待ちきれなかったのかね。忌まわしき蛇めよ、冥府の底で夢の続きを楽しめばよかったものを。それとも、それほどまでに恋しかったかね」


 ジャバウォックが咆哮を上げる。

 巨大な音波が周囲を襲い、神殿全体が震えた。その場にいる全員が耳を塞ぎ、耐えるしかない。


 咆哮に呼応して、魔法陣が狂帽師の周囲に展開されたかと思うと、瞬きする間もなく奴をバラバラに引き裂いた。狂帽師の身体から歯車やネジがこぼれ、飛び散る。


「ぐばばぁあっ!? 吾輩の肉体があぁぁっ!」


 狂帽師が悲鳴を上げた。


 重裂霊柩遮サルコファガス――結界内を圧壊あっかいさせる重力術式だ。

 遮断された密閉空間内で、重力波が局所的に超増幅。対象を引き裂き圧壊させる。強力な重力術式。


 目に見えない重力のアギトに、身体の大半を潰され、引き裂かれ、狂帽師は這いずり回った。

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