賑やかな宴の始まりを告げるかのように、サンチョは勢いよくテーブルに並べられた料理に食らいついた。トナカイの煮込みを頬張り、目を丸くして「やべぇ、マジうめぇ!」と叫ぶ。
普段、ろくなものを食べていないのかと、メッツァは首をかしげた。
(飢えた子犬みたいだな……ちょっと僕の後輩に似てる)
そういえば、食うに困った後輩に餌を与えるのは、ちょっとした気分転換だったな、とメッツァは思い出す。今では良い思い出だ。
自称遍歴の騎士キホーテもまた、エールを豪快に飲み干し満足げに髭を撫でると、得意げに自身の冒険について熱く語り始めた。
彼の話は、まるで騎士道物語のように、誇張と幻想に満ちていた。すぐにわかる、これは妄想の類だと。それほどまでに荒唐無稽。
「その時、儂は槍を高く掲げ、ロシナンテに跨りこう吠えたのだ。『我に恐れるものなし、ここで立たずしてどうして騎士を名乗れようか』とな!」
――しかし、その語り口は魅力的で、聞く者を惹きつけた。
リューファスが興味津々に頷くと、水を差すようにサンチョが「はいはい、あの時は大変だったんだぜ。もう、平謝りよ」とその時の写真や記述を用いて、真実を晒す。
それでも、キホーテはしたり顔を作って認めない。
「従者サンチョよ、お前にはまだまだわからぬのだ、騎士たる者の矜持がな」とガハハと豪快に笑った。
耳を傾けるリューファスは、どこか懐かしそうに緩んだ笑みを作る。
「フム。貴殿のその鎧は、なかなか年季が入っておるな」
煤けた甲冑を指さしながら、ゆっくりと問いかける。
鈍い光を放つその鎧には、無数の傷跡が刻まれており、幾多の戦いを潜り抜けてきたかのようにも見えた。
「おお、これは長年、儂と共に戦ってきた忠実なる武具よ。数々の悪を討ち、弱きを助けてきた、まさに儂の魂とも言える存在なのだ!」
「……いやいや、キホーテ爺さん。どう見ても蔵の奥でホコリまみれになってた、ガチもんの骨董品でしょ!」
メッツァは運ばれてきたサーモンのクリームスープを啜りながら、この珍妙な老人キホーテと従者サンチョ、その正体について考えを巡らせる。
(どう考えてもこの二人は、他国のスパイでも要人でもない。つまり、無視したほうがよい人種なんだろうな……)
おそらく、真実はかなり馬鹿げたものだった。
田舎に住むそれなりに裕福な老人が、騎士道物語に憑りつかれ、骨董品の騎士鎧を持ち出した。かつて、戦争に使われた本物の魔導甲冑だ。
素人が着こなすのは大変なことだったろう、長い訓練を経て、異常な熱意を持った老人はそれを可能にした。……否、可能にして
見れば、従者サンチョの写真機はよく手に馴染んでいるし、たまに彼が開く記録ノートは独特な文調ながらも丁寧だ。
メッツァは、軽く推理をしながら尋ねてみた。
「それ、家族さんに送る記録かなにかかい?」
「え? あー、まあね。オレがテキトーに、キホーテ爺さんの……えっと、最近の武勇伝?みたいなの、チャチャっと書いて送ったら、向こうからお小遣いくれるんだよねー。へへ、あっちじゃなんか本になってんだって。マジウケるっしょ?」
「……なるほどね。 キミはお目付け役なわけだ」
あるいは、介護役。
この妄想老人の暴走に根負けした家族たちは、この男に仕事を与えたのだろう。
「何というか運命の皮肉と言うべきか。それとも、偶然の悪戯というものなのかなぁ。僕、運命論者ではないのだけれど」
遍歴の騎士というのは、騎士道精神のために出世を捨て、正義とロマンを求めて冒険する騎士のことだ。もちろん、それは文学の中にしか存在しない
騎士とは主君に仕える戦士階級のことなのだから。
――しかし、だ。こういったものには
リューファスは、目を輝かせながら身を乗り出し、時に感嘆の声を上げた。
「おお、して? 次はどうなったのだ?」「そうかそうか、もっと飲むがよい。その方がより饒舌に語れるであろう」と上機嫌に与太話を促していく。
思わずメッツァの口からため息が漏れる。運ばれてきた川魚のフライをレモンで軽く絞りながら、やり取りを半ば呆れ顔で眺めるしかなかった。
(リューファスも人が悪いというかなんというか……まさか本気で信じてるわけでもないだろうに。それとも、本当になにか共感するものがあるのかな?)
遍歴の騎士の
さらに付け加えるなら、リューファスの家臣である騎士たちが、各地で活躍した逸話や秘宝探索の伝承も元になっている。
現在に至る『騎士道物語』に
にも関わらず、老騎士キホーテは嬉々として腕を振り回しながら、リューファスに冒険譚を語っている。
風車を巨人に見間違えて突撃したり、羊の群れを敵の軍勢と勘違いして戦いを挑んだりと……傍から見れば滑稽でしかない。中には真実、怪物や悪党と戦う武勇伝もあるが半々と言ったところだった。
「その巨人の放つ風圧は、まさに嵐の如く、儂の愛馬ロシナンテですらよろめいたほどだ」
「いやいやマジありえないって!あれ、ただの古びた風車じゃん!しかも、回りすぎて壊れかけとかヤバかったし!爺さん、ズバーンって羽根に吹っ飛ばされそうになって、超焦ったんだけど!」
「ふむ、サンチョよ。お前にはまだ理解できぬのだ。あれは邪悪な魔法によって姿を変えられた巨人だったのだとな」
白熱する世迷言。
メッツァは、ひっそりとリューファスの横顔を盗み見た。古き王は飽きもせずに老人を見守り、時折、楽しげに笑みをこぼしつつ遠くを見つめた。
いくつ目の冒険話を聞いただろうか、リューファスはそこで僅かに目を伏せると、テーブルに肘をついて声を潜めた。
「して。騎士キホーテよ、なにゆえ貴殿はこの地に来たのか。無論、目的があるのであろう?」
すると、つい、キホーテも一緒になって忍び声を返す。
「お、おう。そうなのだ、儂はこのカモスランドに目的があって来たのだ」
「余と貴殿は酒を飲み交わした友だ、いわば戦友である。そうだな?」
「うーむ、左様。確かに、リューファス殿が言う通り。隠し立てする必要はありますまいな……良いでしょう」
空気に飲まれたのか、老騎士キホーテは途端に隠さねばならない秘め事を話す態度に変わり始めた。ちらちらと周囲に視線を巡らせてから、再び言葉を紡ぐ。
「実はですな。このカモスランドはご存じの通り、巨人と竜との戦いの伝承の地。新たな冒険を求めてやってきた……これがひとつ」
「フム、それだけではないと?」
「然り然り。この古都ソダルムスにおいて、1つ難事が起きていると聞きましてな、これは儂の出番と馳せ参じた次第よ」
すると、リューファスは歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべた。
その笑みにメッツァは嫌な予感がした。この王は厄介事への嗅覚があまりに鋭すぎる。
「なんとですな、このソダルムスに
ソダルムスの薔薇園。それは