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第6話 老騎士は幻想に謁見す

 賑やかな宴の始まりを告げるかのように、サンチョは勢いよくテーブルに並べられた料理に食らいついた。トナカイの煮込みを頬張り、目を丸くして「やべぇ、マジうめぇ!」と叫ぶ。


 普段、ろくなものを食べていないのかと、メッツァは首をかしげた。


(飢えた子犬みたいだな……ちょっと僕の後輩に似てる)


 そういえば、食うに困った後輩に餌を与えるのは、ちょっとした気分転換だったな、とメッツァは思い出す。今では良い思い出だ。


 自称遍歴の騎士キホーテもまた、エールを豪快に飲み干し満足げに髭を撫でると、得意げに自身の冒険について熱く語り始めた。


 彼の話は、まるで騎士道物語のように、誇張と幻想に満ちていた。すぐにわかる、これは妄想の類だと。それほどまでに荒唐無稽。


「その時、儂は槍を高く掲げ、ロシナンテに跨りこう吠えたのだ。『我に恐れるものなし、ここで立たずしてどうして騎士を名乗れようか』とな!」


 ――しかし、その語り口は魅力的で、聞く者を惹きつけた。


 リューファスが興味津々に頷くと、水を差すようにサンチョが「はいはい、あの時は大変だったんだぜ。もう、平謝りよ」とその時の写真や記述を用いて、真実を晒す。


 それでも、キホーテはしたり顔を作って認めない。

 「従者サンチョよ、お前にはまだまだわからぬのだ、騎士たる者の矜持がな」とガハハと豪快に笑った。


 耳を傾けるリューファスは、どこか懐かしそうに緩んだ笑みを作る。


「フム。貴殿のその鎧は、なかなか年季が入っておるな」


 煤けた甲冑を指さしながら、ゆっくりと問いかける。

 鈍い光を放つその鎧には、無数の傷跡が刻まれており、幾多の戦いを潜り抜けてきたかのようにも見えた。


「おお、これは長年、儂と共に戦ってきた忠実なる武具よ。数々の悪を討ち、弱きを助けてきた、まさに儂の魂とも言える存在なのだ!」

「……いやいや、キホーテ爺さん。どう見ても蔵の奥でホコリまみれになってた、ガチもんの骨董品でしょ!」


 メッツァは運ばれてきたサーモンのクリームスープを啜りながら、この珍妙な老人キホーテと従者サンチョ、その正体について考えを巡らせる。


(どう考えてもこの二人は、他国のスパイでも要人でもない。つまり、無視したほうがよい人種なんだろうな……)


 おそらく、真実はかなり馬鹿げたものだった。

 田舎に住むそれなりに裕福な老人が、騎士道物語に憑りつかれ、骨董品の騎士鎧を持ち出した。かつて、戦争に使われた本物の魔導甲冑だ。

 素人が着こなすのは大変なことだったろう、長い訓練を経て、異常な熱意を持った老人はそれを可能にした。……否、可能にしてしまった・・・・のだろう。


 見れば、従者サンチョの写真機はよく手に馴染んでいるし、たまに彼が開く記録ノートは独特な文調ながらも丁寧だ。

 メッツァは、軽く推理をしながら尋ねてみた。


「それ、家族さんに送る記録かなにかかい?」

「え? あー、まあね。オレがテキトーに、キホーテ爺さんの……えっと、最近の武勇伝?みたいなの、チャチャっと書いて送ったら、向こうからお小遣いくれるんだよねー。へへ、あっちじゃなんか本になってんだって。マジウケるっしょ?」

「……なるほどね。 キミはお目付け役なわけだ」


 あるいは、介護役。

 この妄想老人の暴走に根負けした家族たちは、この男に仕事を与えたのだろう。


「何というか運命の皮肉と言うべきか。それとも、偶然の悪戯というものなのかなぁ。僕、運命論者ではないのだけれど」


 遍歴の騎士というのは、騎士道精神のために出世を捨て、正義とロマンを求めて冒険する騎士のことだ。もちろん、それは文学の中にしか存在しない妄想の産物フィクションに過ぎない。

 騎士とは主君に仕える戦士階級のことなのだから。


 ――しかし、だ。こういったものには原型モデルがあるものだ。


 リューファスは、目を輝かせながら身を乗り出し、時に感嘆の声を上げた。

 「おお、して? 次はどうなったのだ?」「そうかそうか、もっと飲むがよい。その方がより饒舌に語れるであろう」と上機嫌に与太話を促していく。


 思わずメッツァの口からため息が漏れる。運ばれてきた川魚のフライをレモンで軽く絞りながら、やり取りを半ば呆れ顔で眺めるしかなかった。


(リューファスも人が悪いというかなんというか……まさか本気で信じてるわけでもないだろうに。それとも、本当になにか共感するものがあるのかな?)


 遍歴の騎士の原型モデルは、まさしくリューファスが若い頃に行った冒険譚だった。

 さらに付け加えるなら、リューファスの家臣である騎士たちが、各地で活躍した逸話や秘宝探索の伝承も元になっている。

 現在に至る『騎士道物語』に元祖オリジナルがあるとすれば、まさしくこの石化から目覚めた古き王なのだった。


 にも関わらず、老騎士キホーテは嬉々として腕を振り回しながら、リューファスに冒険譚を語っている。

 風車を巨人に見間違えて突撃したり、羊の群れを敵の軍勢と勘違いして戦いを挑んだりと……傍から見れば滑稽でしかない。中には真実、怪物や悪党と戦う武勇伝もあるが半々と言ったところだった。


「その巨人の放つ風圧は、まさに嵐の如く、儂の愛馬ロシナンテですらよろめいたほどだ」

「いやいやマジありえないって!あれ、ただの古びた風車じゃん!しかも、回りすぎて壊れかけとかヤバかったし!爺さん、ズバーンって羽根に吹っ飛ばされそうになって、超焦ったんだけど!」

「ふむ、サンチョよ。お前にはまだ理解できぬのだ。あれは邪悪な魔法によって姿を変えられた巨人だったのだとな」


 白熱する世迷言。

 メッツァは、ひっそりとリューファスの横顔を盗み見た。古き王は飽きもせずに老人を見守り、時折、楽しげに笑みをこぼしつつ遠くを見つめた。

 いくつ目の冒険話を聞いただろうか、リューファスはそこで僅かに目を伏せると、テーブルに肘をついて声を潜めた。


「して。騎士キホーテよ、なにゆえ貴殿はこの地に来たのか。無論、目的があるのであろう?」


 すると、つい、キホーテも一緒になって忍び声を返す。


「お、おう。そうなのだ、儂はこのカモスランドに目的があって来たのだ」

「余と貴殿は酒を飲み交わした友だ、いわば戦友である。そうだな?」

「うーむ、左様。確かに、リューファス殿が言う通り。隠し立てする必要はありますまいな……良いでしょう」


 空気に飲まれたのか、老騎士キホーテは途端に隠さねばならない秘め事を話す態度に変わり始めた。ちらちらと周囲に視線を巡らせてから、再び言葉を紡ぐ。


「実はですな。このカモスランドはご存じの通り、巨人と竜との戦いの伝承の地。新たな冒険を求めてやってきた……これがひとつ」

「フム、それだけではないと?」

「然り然り。この古都ソダルムスにおいて、1つ難事が起きていると聞きましてな、これは儂の出番と馳せ参じた次第よ」


 すると、リューファスは歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべた。

 その笑みにメッツァは嫌な予感がした。この王は厄介事への嗅覚があまりに鋭すぎる。


「なんとですな、このソダルムスに迷宮ダンジョンが発生しているのです。その名も、『ソダルムスの薔薇園』」


 ソダルムスの薔薇園。それはライル王リューファスの叙事詩に登場する舞台の1つだった。

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