それでも、半数以上の冒険者たちは息を止めたままだった。
彼らは互いに目で合図すると、武器を構えて駆け抜けてくる。乱戦に持ち込めば、無力化可能と踏んだのだ。
混乱からの立て直しは迅速、そしてその読みは正しい。集団の波状攻撃は、個の力を削ぐ鉄則。
だが、彼らが相手にしているのは、常識の外で生きてきた王と、その狂信的崇拝者たる老人だった。激突の初速は、より頭がおかしい方が強烈である。
「来いっ!」
リューファスは、待ちきれないとばかりに剣を虚空から引き抜いた。黄金の柄に水晶の刃が、夕暮れの空を映し出す。
一歩を踏み出すとリューファスは、あっという間に冒険者たちの懐に飛び込んだ。
振り下ろされる刃を紙一重で避け、脇板を払う。あえて鎧の分厚い箇所を正確に捉えた刀身による衝撃は内臓まで響き、立て直すことは不可能。
そこに殺意はないが容赦もない、冒険者は呻き声を上げて倒れ伏す。
「怯むんじゃねえっ! 囲め、囲めぇっ!」
張り上げられる声。
しかし、無慈悲にも動きはさらに加速する。
剣捌きは、次々と冒険者たちの現代武器を受け流し、巧みに引き寄せ、隙を見つけては切り伏せる。時に当て身で吹き飛ばし、家屋の屋根まで打ち上げる。
血飛沫の暴風雨と、倒れ伏す冒険者の山ができ始めた。
そこに、もう一人の『常識の外』が吼える。
「正義の鉄槌を受けよ、悪党どもめがぁっ!」
老騎士ドン・キホーテ。彼もまた、遅れてはなるまいとばかりに重厚な魔導甲冑を軋ませながら突進する。握られたのは、魔力の粒子が伝う古風なブロードソード。
「ぐわあああッ!」
薙ぎ払われる動作は、洗練された剣技ではない。力任せの大振り。
しかし、エメラルドに発光する回路によって、増幅された暴力は、恐るべき破壊力を持っていた。
まともに食らった冒険者は、鎧ごと弾き飛ばされ、壁に激突して呻き声を上げ、そのまま崩れ落ちる。
「正義の鉄槌っ!」と叫びながら、暴れまわる鉄塊に為す術がない。動きは決して早くはないが、生半可な手段は弾かれる。
かといって搦手で攻めようにも、起点を潰してくるのはリューファスだ。
連携をしようとする呼吸に合わせて、中心人物を即座に見抜き、陣形を破壊する。
「なんで通じねえ……不可視のワイヤー、伸びる剣、爆発するナックルっ! タネが割れてんのかよ!」
「フム、勘違いするな。そなたらはよくやっている」
理不尽。極めて理不尽。
冒険者たちは、自分たちより強い相手を、何度も創意工夫で倒してきた。力を合わせ、息を合わせ、どんな苦境でも心を折らずに戦って来たのだ。
だが、目の前の敵が有する戦術眼が、あらゆる手段を講じた瞬間に潰してくる。
「ただ、その目くばせ、息遣い、前に立つ人の流れ、状況判断の声かけ、重心移動の癖。全てが手札を物語っているだけだ」
視えぬ技を斬り、触れてはならぬ技を逸らし、戦の流れを崩す。
「――ああ、やはりな。なにをしてくるかは、まるでわからぬ。が、乱戦で息を合わせる方法は、いつの世も変わらぬのだ。術理というやつだな」
「クソっ! こうなれば……」
「おや、仲間ごと斬ろうと決めたな。その判断は遅い」
また、一人。名うてのカラクリ剣士が沈む。
無価値だった。今までの努力や経験が何一つ通じない。この金髪の男が歩むだけで空気が震え、鮮やかな赤が散る。
冒険者たちが戦い続けるのは、勝利を諦めていないからではなく、単なる習性だった。
勝てない相手にも時間を稼ぎ、死んだふりをしてでも生存時間を延ばせば、援軍が駆けつけうる。そんな過酷な経験則だけが、彼らを持たせている。
そこに興奮するサンチョの声が響いた。
「やっべぇ、キホーテ爺さんマジ強えじゃん! これ、絶対バズるわ~。ま、リューファスのおっさんもナイスアシストって感じ?」
興奮した様子でシャッターを切り続ける。直接戦闘には加わらないものの、記録係としては大忙しだ。
繰り広げられる劇的シーンは、インパクトのある絵を約束している。
共にいるメッツァは、冷ややかな目を解析レンズ越しに向けた。
「キミは参戦しないの? サンチョ」
「あぁ? ああ、まあね。オレは別に……あーいうタイプだけ、テキトーにあしらっとけばいーの」
屋根に潜む射手。その男は迷彩マントに身を包み、充填された術式を放つ『魔弓』を構えていた。
そこにサンチョは、狩猟用の魔装ライフルを背中から抜く。バッテリーが起動し、内臓宝珠が点灯。すかさず片手で取り回し、気障にトリガーを引く。
可視化光線と並行して射出されたのは、先端が鋭利な弾頭。側面に螺旋状の溝と文字が刻まれ、かすかな光沢を放つ
標的を撃ち抜き、体内に留まると風船のように膨張。紫の蒸気を噴き出し、内部からポンッと間抜けな音を伴い破裂した。
そんな爆ぜた人間を見ても、無感動に撮影機を持ち直すサンチョ。
「チューリップが咲・い・たってな♪」
「うわ……えぐい」
「まっ、君には分かんないかもだけど。イケてる写真撮るのも、飛んでる鳥を落とすのも、ぶっちゃけ似たようなもんだから」
ダメだ、こいつもあっち側だ。メッツァの顔に諦念が浮かぶ。
「はぁ……もう、僕のガス、意味なかったじゃん。まあ、吸引ガスの効果なんて不確かで個人差あるしな」
鼻眼鏡のズレを直しながら、思わずぼやいた。
メッツァとしては、せっかく非殺傷の術式で済ませようとしたのに、結局は力づくの解決になってしまったことに不満はある。
それでも、未だなお冷徹に戦況を分析するのを止めない。倒れ伏した者、混乱している者、そして戦闘不能を装って機を伺う者。
――そして、この戦場を外から観察している者。
空気振動の波長を制御して、可聴域を引き上げたメッツァにはそれが確かに聞こえた。
「ほう? ……俺に気付いてるのか。コイツら」
気付かない訳がない、他の冒険者とは違う。
単なる道具の使い手ではなく、自身で術式を張り巡らし、運用する様は明らかに魔術師に近い存在だった。