だが、それも刹那のこと。すぐに牙を剥き出し、面白くて堪らないといった表情で喉を鳴らす。
「ククク、伊達に600年も寝てたわけじゃねえな。そうか、見覚えがあるか」
「貴様の雑な剣筋とは裏腹に、装備だけは一級品と見える。だが、どれもこれも模倣の域を出んな」
「へー、言うじゃん。鑑定士気取りかよ」
赤髪の大剣が唸りを上げると、はめ込まれた青い宝玉が禍々しく明滅する。
「軋れっ、
放たれた刀身から白い光の帯が数条に分かれ、それぞれが意志を持つ蛇竜のようにリューファスを追尾し始めた。路地を縦横無尽に駆け巡り、壁を蹴り、家屋の屋根を滑り、予測不能な軌道で襲い掛かる。
「さあ、どう躱すね、英雄サマ! せいぜい踊れよっ!」
「ほぅ、面白い芸当を」
リューファスは感心の声を漏らした。眼が冷徹に光の蛇たちの動きを捉える。蛇の頭部と思しき先端を正確に打ち据え、軌道を何度か逸らす。
しかし、光の蛇は執拗だった。逸らされれば即座に方向転換、幾たび薙ぎ払われても再生し勢いを増す。さらに、赤髪本人が高速で間合いを詰めて、一太刀放つのだ。
両側からの挟撃、まさに死角なしの猛攻。
「な、なんだ、こりゃ。化物同士の戦いか……?」
あまりの速度に誰も割り込めない。ただ、破壊と閃光だけが、彼らの戦いを証明している。
サンチョは、腰が引けながらも、この常軌を逸した戦いをなんとか写真機に収めようと震える指でシャッターを切った。
「どうしたっ、英雄っ! 本物ならなんとかしてみろっ!」
「そう急かすな」
なぜか、リューファスは柔らかい笑みを浮かべる。ただ一点、複数の光条が交差する瞬間を、ついにその双眸が見極めた。
「行くぞッ、セレスティン!」
淡く水晶剣が呼応、脈動する。パァァァンッと、炸裂した鼓膜を突き破るような破裂音、残響の波紋が広がると肌を打った。
誰にも、見えなかった。だが、何をしたかは分かった。
――裂帛の気合を込めて、光の蛇たちをまとめて真っ二つにしたのだ。光の蛇は砕け散り、残滓がきらきらと辺りに降り注ぐ。
「ああ……破られた。一撃で、全て」
「やはり。その魔力を喰らう大剣、そして姿を晦ます外套……魔剣グラムとタルンカッペが原典か?」
「……あー、やっぱり本物の英雄なんだな」
そこまで話して、赤髪は急に圧を収めた。熱狂から醒めたかのように、静かに。
「なあ、無礼は詫びる。一つ聞きたい」
「なんだ」
「……え、答えてくれんのかよ。えっとよ、昔のソダルムスの王国に、縁があんのか? 王族とか」
「それは難しい問いだな。味方だった時期もあり、敵だった時期もある」
「そっち、か……」
がっかりと言うよりは、寂寥感。赤髪の男の肩がわずかに落ちた。抱えてきたであろう問いの答えが、期待した温かみを持っていなかった故の失望のようだった。
「そうか、まぁ、そうだよな。そんな都合よくはないか」
独り言のように呟き、赤髪は無骨な大剣の切っ先をだらりと下げた。戦意が急速にしぼんでいくのが伝わる。
それを確認したリューファスは、水晶の刃をすうっと陽炎のように消した。
「あ? 英雄サマ、いいのか。武器しまって。俺はまだ丸腰じゃねえぜ?」
「もう貴様にやる気がないのなら、それでよかろう」
「じゃなくて、俺を信用すんのかって話をしてる」
「余を害する気なら、冒険者たちとの乱闘中に襲えたはずではないか。わざわざ終わるのを待ってから、行儀よく攻め入る男に何を警戒する必要がある」
「やめろよ、そういうの。……期待が外れた後に、その振る舞いは俺に効くだろ」
やりづらそうに赤髪は、大剣を背の鞘に無造作に納めた。ガチャンと無骨なギミック音がした。
そこでサンチョは、ようやく我に返り、壁際からゆっくりと起き上がる。ホコリを払いながらもカメラだけは手放していない。
老騎士キホーテは、樽に頭を突っ込んだ格好のまま微動だにしない。おそらく、気絶しているのだろう。そのシュールな光景が、この緊迫した状況に奇妙な間を生んでいた。
「何を期待していたか知らぬが、その期待は命を賭けるに値するものだったのか?」
「本当はそのつもりはなかったが。……賭けなきゃ何も始まらねえだろ。あんたみたいな『本物』に出会っちまったからには、特に、な」
男は先ほどまで自分たちが暴れていた路地を見渡した。
倒れ伏し、呻き声を上げる冒険者たち、半壊した家屋、砕けた石畳。まるで嵐が過ぎ去ったかのようだ。
「はあ。ったく、つい派手にやりすぎたな。こりゃ、顔役たちが出張ってくるのも時間の問題か。とっとと退散っすかな」
そして身を翻す。男の背中は、先程までの敵意を感じさせない、不思議なほど無防備なものだった。
「これは詫びの品だ。受け取んな」
ピュッと投げ飛ばされたのは、蝋で封じられた封筒。指先でリューファスは器用に挟んだ。
「これはなんだ」
「きっと、あんたが行きたい場所までの招待状だよ。Mrストーン。あ、そこでこそこそ隙を伺ってる
それだけを言い残すと、赤髪は近くの建物の屋根へと軽々と跳躍し、そのまま数度跳ねてから姿を消した。
見送ったメッツァは、嫌そうに顔をしかめる。
「なんか、僕にだけめっちゃ塩対応じゃないか」
メッツァは不本意そうにそうぼやくと、頭を掻いた。指先には構築していた術式の輝きがしっかりと灯っていた。