アイリスがケントとジャレッドの傷を治している。
「すごーい! あっという間に怪我が治っていくヨ!」
アイリスの治癒魔法を見てはしゃぐコレットだが、目を覚ましたジャレッドは浮かない顔をしていた。
「俺はこれからどうすればいいのか。これ程多くの犠牲を出したゴブリンの集落を人間が許すわけがない。そして非道の王とはいえ同胞に剣を向けた以上、他の集落に加わるわけにもいかない」
積み上げられた人間の頭蓋骨を見つめ、涙を浮かべる。
「なーに言ってんのよ、あんな悪党を倒したんだからあんた達は英雄よ、英雄!」
ヒラヒラ飛びながらコレットが励ます。真面目なジャレッドは思いつめているが、他のゴブリンはそれほど深刻では無さそうだ。
「どうする?」
「俺達で新しい集落を作ればいいんじゃね?」
ワイワイと今後の展望を語るゴブリン達の表情は明るかった。
「皆さんの言う通りですよ、ジャレッド様。新しい集落を作るのであれば、ちょうどいい場所もあります」
アイリスによれば、彼女が育った修道院の近くに丁度いい洞穴があるらしい。
「いやー、修道院の近くにゴブリンの集落はどうかなぁ? こいつらは良くても将来ブタで満足できなくなった奴が修道女を襲うかも知れないし」
現実的は話ではあるが、もうちょっと恥じらいを持ってくれないだろうかと思うケントだった。
「みんなは新しい集落を作ってくれ。だが俺はやっぱり群れを離れて旅に出ようと思う」
ジャレッドは気持ちを整理する時間が欲しいと言う。そこへ黙っていたケントが口を開く。
「じゃあ、僕達と一緒に来ない?」
思いもよらない事を言われたと言わんばかりに呆けた顔を見せるジャレッド。
「魔王を倒そう! じゃないんだ?」
アイリスに向かって言った言葉を蒸し返して茶化すコレット。ケントは微笑み、その額を突っついてやった。
「いやいや、俺なんかじゃ足手まといですよ! さっきも大して役に立たなかったし、才能値も5200しか無いですし」
「僕に戦い方を教えてくれた人は才能値5だよ。でも誰よりも強い人なんだ」
ギルベルトの事を思い、ケントは遠い目をする。才能値が強さを表すのなら、自分やギルベルト、そしてアイリスの存在が説明つかない。この数値はもっと別の何かを示す値なのだろうと思っていた。
「才能値は必ずしもその者の強さを表す数値ではない……という事ですね」
アイリスも、自身の過去を振り返りつつ頷く。
「ギルベルトに強くなる方法も教わったしね! 皆で強くなって魔王を倒そー!」
コレットの言葉に、鋭い目線を向けるジャレッド。
「強くなる方法だと? 俺も強くなれるのか?」
「もちろん!」
ケントとコレットが声を合わせて答えた。
「私も誘って頂いたのは大変光栄なのですが、マザーにお許しを得なくてはご一緒出来ません」
マザーとはアイリスを引き取った修道院の長である。彼女のような訳ありの修道女を多く面倒見ている女性だ。
「じゃあ、修道院にお願いしに行こう! ……あっ、男は入れないのかな?」
修道院は基本的に男子と女子で別れている。それぞれ一生独身で過ごすために異性の立ち入りを禁止している事も多い。
「大丈夫です、あそこは正式な修道院ではありませんから。その証拠に私もこうして外を出歩く事が出来ていますし」
国に認められた修道院においては、修道女は修道院の敷地内で一生を過ごすのである。
「国の管理下に無いからこそ、私のような存在を許されない者を受け入れる事が出来るのです」
「マザー・クレマンス、ただいま戻りました」
アイリスに案内され、ケント、コレット、ジャレッドは修道院にやって来た。他のゴブリン達は新しい集落を作る為に旅立っていった。
「おかえりなさい、シスター・アイリス。そして勇者様方もよくぞいらっしゃいました」
出迎えたマザー・クレマンスは威厳を感じさせる高齢の女性であった。ケント達を見ても驚いた様子もなく、全てを知っているかのように振舞っている。
「初めまして、マザー・クレマンス。僕はケントと言います」
勇者と呼ばれたのだから当然相手はケントの事を知っている訳だが、礼儀として名を名乗るケントだった。
「ええ、分かっております。ついにシスター・アイリスが本来あるべき場所に戻る時が来たのですね」
本来あるべき場所、それは勇者と共に立つ戦場だという。戦う事が宿命づけられているというのも難儀な話である。
「貴女は勇者様と共にこの世界を救わなくてはなりません。表面上は落ち着いているように見えますが、今この世界は大いなる闇に包まれようとしています。勇者様と勇者様の下に集う英雄達は、闇を払う光となるのです」
簡潔に語るマザー・クレマンスの言葉には不思議な説得力があり、話を聞くうちに全員の気持ちが高まって行った。
「ケント様、アイリスをどうかよろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げるのであった。
「私も英雄だって!」
(もしかして私、もう伝説の妖精への道を進んでる?)
能天気なコレット。
「英雄なんて大それた呼び名は俺には重すぎる」
(本当に強くなれるのか……勇者様の足を引っ張るだけじゃないのか?)
悲観的なジャレッド。
マザー・クレマンスの話に感化された二人が、正反対の反応を示していた。
「呼び名なんて気にする事は無いよ。僕も勇者なんて最初は重く感じたけど、今はただの
そんな話をするケントの後ろについて歩くアイリスは考え事をしていた。
(私はこのために匿われていたのでしょうか? 最後にマザー・クレマンスは私の名前からシスターを外していた……もう修道女ではないという事なのですか?)
それぞれの思いを胸に、アルベドの町へと向かう一行だった。