ジャレッドの言葉に、人々が振り向く。皆一様に「えっ?」と口に出しながら。
「何だいゴブリンちゃん、アタシが魅力的なのは知ってるけどね、アタシは強い男を求めているのさ。この町にいるんだろ? 常識外れに強いケントって奴が」
ケントをご指名のようだ。呼ばれた本人は二つの意味で困っていた。
(も、求めているってどういう事? それに才能値で誤解されてるけど僕はそこまで強くないし)
「あの方がオークの女性なのですね! 優しい魂をお持ちです」
アイリスのお墨付きがあるので、悪いオークでは無さそうだ。
「ほらケント、求められてるヨ!」
コレットは実に楽しそうにケントの背中を押した。
「わっ、ちょっとコレット、押さないでよ」
そして巨体のオークレディの前に押し出されるケントの耳に、ジャレッドの悔しそうな声が届いた。
「うぐぐ、俺ももっと強くならなければ!」
(うん、頼むから今すぐ強くなってくれないかな?)
「へえ、あんたがケントかい。アタシはレオノーラ。西にあるオークの国、キャニスターから来たんだ」
レオノーラはケントを値踏みするように見ながら自己紹介をした。彼女の話によると、キャニスターは今コボルトの国デルフォンと緊張状態にあり戦争勃発の危機だという。
オークもコボルトも強さに重きを置く種族だ。圧倒的な強さを持つ勇者が仲裁すれば、平和的な話し合いが出来るだろうという事だった。
「そ、それは大変ですね……」
完全に強さを求められている。しかも圧倒的じゃないといけないらしい。困って仲間を見るケントだったが……。
「オークにコボルトか~、面白そうだネ!」
いかにもワクワクしているコレット。
「フンッ、フンッ、ハァッ!」
何故か腕立て伏せをしているジャレッド。
(この二人に意見を求めるのは無理だ。アイリスなら……)
「あの、何故二国は緊張状態になっているんですか?」
アイリスは詳しい事情を聞こうとしていた。
(……仕方ないか。助けを求めているのに無視するわけにもいかないし)
困っているレオノーラを放っておけないのはケントも同じなので、変に誤魔化すのは諦めて本当の事を話す事にした。とはいえ、町の人々に知られると問題が起こるかもしれない。
「ちょっと場所を変えて話さない? ここでは落ち着かないし」
「そうだね、立ち話もなんだし。ゴブリンちゃんもへばってきてるからね」
レオノーラに言われてまだ腕立て伏せをしていたジャレッドを起こし、白馬亭に向かう事にした。
「ふふん、なかなか根性見せるじゃない。あんたの名前は?」
ジャレッドの気持ちはレオノーラに届いたようだ。確かに優しい魂の持ち主だ。
「なるほど、才能値に比べたら強くないって事か。それは困ったねえ、あいつらどうせ力を見せろとか言い出すだろうからね」
白馬亭で大きめの一室を借り、自分達の状況を正直に話すと、レオノーラは思案を始める。怒り出すかと思っていたケントは自分を恥じた。
「それで、なんでコボルトと喧嘩してるの?」
コレットにかかれば戦争の危機も喧嘩となる。
「両国の間に湖があるんだけどね、その湖の真ん中にある島の領有権でモメてんのさ」
領土争いである。困った事にこの島はかつて伝説の勇者ダイダロスが力を得た
「勇者の聖域!」
コレットとジャレッドの声が重なる。ケントもよく知る伝説だ。
「伝説の勇者ダイダロスが神から大いなる力を授かったとされる地ですね」
アイリスも修道院でよく聞かされていたという。
勇者ダイダロスは、聖域で神から力を授かり強くなった。神の加護を得た才能値30500のダイダロスは才能値50000と言い伝えられる魔王軍の幹部アリオクと死闘を繰り広げ、ついに倒す事に成功したのだという。
「もしかして、ダイダロスは神から力を授かったのではなく……」
才能値で上回る敵を倒す強さを得る。そんな夢物語を体現するような人物をケント達は知っている。
勇者の聖域とは、あるいは勇者を鍛える修行場なのではないか?
「行ってみよう!」
コレットは元気に言うが、そこはコボルトとオークが領有権を争う土地である。
「勇者にゆかりのある地なのに人間の国は領有権を主張しないんですか?」
アイリスが不思議そうに言った。
「……人間の主張は、この世界に国家はエルバードただ一つ(※プロローグ参照)。その一地方に住み着くモンスターの縄張り争いなど関係ないとさ。要するにこの世界全ての土地はエルバードのものだって事さ」
レオノーラの言葉に、何と返して良いかわからず黙り込む一同。
「アンタ達が気にする事じゃないよ。エルドベアの頭でっかち共には勝手に言わせておけばいいのさ、実際に支配してるのはアタシらだからね」
変に領土を主張して『退治』に来られた方が困ると笑って言うレオノーラの姿が、不思議と美しく見えてくるケントだった。
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才能値 8230