ケント達はレオノーラに案内され、オークの国キャニスターへと向かっていた。
「オークの国ってどんなところかナ~?」
物見遊山気分ではしゃぐコレットだが、ケントはどうやって仲裁をすれば良いのかと頭を悩ませていた。
「レオノーラさんのお友達なんですから、きっと大丈夫ですよ」
そんなケントの悩みを見透かしたように気休めの言葉を掛けるアイリス。しかし、彼女も本気でそう思っている訳ではない。領土を巡っての争いとなれば、話し合ってすむものではない事も十分に理解していた。
「心配しなさんな、説得出来なくても別に事態が悪化するわけじゃないさ」
レオノーラも助け船を出すが、ケントとしては頼まれたからにはうまく収めたいという気持ちが強かった。
「ところで、コボルトとオークが領有権を主張している理由は単に真ん中にあるってだけかい? それとも、ダイダロスの伝説があるからか?」
ジャレッドがレオノーラに尋ねた。その理由によって説得の仕方も変わってくるだろう。
「良いところに気が付くじゃない、ただの色ボケじゃないのネ」
からかうコレットをケントが小突く。
「ああ、もちろんダイダロスが神の加護を受けた場所だから争ってるのさ」
それを聞いたケントは、それならどうにかなるかもと思った。実際にどうすれば良いのかはまだ思い付かないが、位置の問題ではないのならば手はありそうだ。
「共同管理をすれば良いのでは?」
穏健な解決策を提案するアイリス。しかしレオノーラは首を振った。
「それはアタシも提案したんだけどね、自分達のものじゃないと気が済まないみたいよ、どちらも。本当に駄々っ子みたいで困るよ」
「そんなに悩むことないって!」
ヒラヒラと飛びながら、あっけらかんと言うコレット。
「何か考えがあるの?」
ケントの問いにも、ンフフと笑うだけだ。
(これは何か企んでるな……でも、コレットの思い付きってけっこう正しいんだよね)
この小さな妖精は楽天的だが愚かではない。むしろ常に状況を把握し、最善の手を打つ能力に長けていた。ゴブリンとの戦いでも彼女の柔軟な対応に助けられた事を思い、任せてみようと思う勇者だった。
キャニスターはケントが予想していたより遥かに文明の進んだ国だった。
入り口には大きな石造りの門があり、門番とおぼしき武装したオークが門の両脇に立っている。
町を囲う城壁の上から見える内部の建造物は、人間の首都エルドベアのものと比べても遜色はない。
「うおー、すげえ……」
その光景に圧倒されたジャレッドは言葉を失っていた。
「おかえり、レオノーラ。その方が勇者ケントか?」
門番の一人が話しかけてきた。
「ああ、そうだよ」
レオノーラが頷いて見せると、門番達はすぐに門を開けた。
「ようこそ、キャニスターへ。我等オーク一同は勇者一行を歓迎しよう」
その威厳に満ち、かつ紳士的な態度に強い衝撃を受けるケントだった。
(本には野蛮な種族って書いてあったのに、野蛮さの欠片も見当たらないじゃないか!)
石畳の中央道を歩きながら、周囲の建物を見回して行く一行の姿は、完全に田舎から上京してきたお上りさんと言った風情だった。盲目のアイリスだけは悠然と歩き、この国の空気を楽しんでいたが。
「人間に妖精、それにゴブリンとはなかなか面白いパーティだな」
年老いたオークの男が声をかけてきた。その口調からは敵意を感じず、むしろ実に友好的。というより、嬉しそうな様子であった。
「この方は……王様ですか?」
アイリスが相手の素性を言い当てると、レオノーラが驚いた声を上げた。
「よくわかったね! そうさ、うちらの王様はこうやって外からやって来た旅人に一番に声を掛けて人となりを観察するんだ」
驚いた他の三人は、すぐにその場で姿勢を正した。コレットすら空中に浮かびながら器用に気をつけの姿勢をしている。
「ほっほっほ、そんなに畏まらんでいい。お前さん達が我等に害を為す者ではない事は分かった。勇者が他種族を差別するような人間でなくて良かったよ。過去にAランクの人間が我等をモンスターとして『退治』した事例があったからな」
ケントからすれば笑えない話だ。だが年老いたオークは気にした様子もなく笑って話してみせた。
しかし笑顔を見せたオークの王は、すぐに暗い顔をする。
「しかし……レオノーラの思い通りにはならぬだろうよ。例え勇者の執り成しがあっても、若い衆の気持ちは抑えられんだろう」
王には治めきれないほどオーク達は殺気だっているらしい。
(王様の言うことも聞かない連中を説得出来るのかな?)
ケントは不安な気持ちで、相変わらず自信満々な相棒の姿を見たのだった。