コレットの提案は実際にその若い衆を見てから話すという事なので、一行はオークの王ベラトリオに連れられてオーク達の集会場へ向かった。
「レオノーラは勇者が仲裁すれば何とかなると思っておるようじゃが、人の心はそう簡単に行くものではない。強い力で抑えられればその場は収まっても心にしこりが残る。その先に待つのは終わる事のない深刻な対立じゃよ」
ベラトリオが優しい口調で、だが明確にレオノーラの行動を批難した。
「そうかもしれないけどね、このままではすぐにでも戦争が始まっちまうよ」
王様に対して随分とフランクな物言いをするものだと思ったが、オークはそういう文化なのかも知れないと納得するケント。
「王様の言う通りだよレオっち、喧嘩は本人達を納得させてやらないと仲直り出来なくなっちゃうよ」
いつの間にかレオノーラをあだ名で呼ぶコレットだが、いたずらっ子らしく実感の篭もった言葉だ。ケントは誰かと喧嘩をするほど関わった事が無いので彼女の言い分が正しいのかは判断出来なかったのだが。
「さあ、着いた」
王に連れられて入ったのは、大きな建物を丸ごと一つ使ったとても広い部屋。そこには少なくとも百人以上のオークが集まっていた。
「すげえ! オークが沢山いる!」
何故か興奮して声を上げるジャレッド。どういう興奮なのかは詮索しない方が良さそうだ。
「さあ、おチビちゃん。あんたにこいつ等を説得する事が出来るのかい?」
レオノーラに促されたコレットは、のんきに集会場を飛び回ってオーク達を観察している。
「おーおー、みんな鼻息が荒いネ。みんなは島が大事なの? それともコボルトに領土を取られたくないの?」
余裕の表情でオーク達を見下ろしながら質問するコレットに、それまで訝し気な目で見ていたオークの若者達が、互いに顔を見合わせる。
「それは……島……か?」
「いや、伝説の島だけど大事かって言われると」
ざわめく場内。しばらくしてリーダー格と思しき一人のオークが答えた。
「小さき者よ、良い質問をありがとう。言われてみれば、我々は島が大事というよりはコボルトに島の領有権を奪われたくない気持ちが強いようだ。ではこちらからも質問だ。それが分かったとして、どうやって我々のこの気持ちを抑えるつもりだ?」
理由がどうあれ島を巡ってコボルトと争っている事に変わりはない。思ったより冷静に話を聞いてくれたが、こんな質問で彼等の戦意を抑える事は出来ないのはケントにもよく分かった。
「ムフフ、思った通りネ。ならば話は簡単、決闘ヨ! アンタ達って強さを重視してるんでしょ? ならそれぞれの一番強い代表者同士が決闘して勝った方が島をゲット! 分かりやすい!」
確かに分かりやすい。むしろあまりに単純すぎる提案に誰もが困惑し、その場が静まり返った。
「いや、確かに分かりやすいがそれで負けた方が納得するだろうか?」
「一回で全てが決まっちゃったら納得できないかもネ。だから定期的にやるの。一年に一回勝負して勝った方が一年間島の領有権を手に入れる。これなら負けても来年は勝つぞー! ってなるでしょ?」
コレットの単純すぎる提案に言葉を失う一同。だが、誰も反論できる理屈を持ち合わせていなかった。
「決闘の力を信じてないわね? ならそこのキミ!」
困惑する若い男のオークを指差すコレット。
「お、俺?」
「そこでハァハァしてるゴブリンをどう思う?」
今度は仲間のジャレッドを指差す。
「えっ、気持ち悪い」
「なんだと!」
気持ち悪いと言われて怒るジャレッド。
(いや、気持ち悪いよ)
内心オークに同意するが、ケントは黙って見守る。アイリスも無言で微笑んでいた。
「さあゴブリンが怒ったよ! キミはコイツに勝てるかな?」
「あん? 馬鹿にするな、ゴブリンなんぞに負けてたまるか!」
「へえ? それは聞き捨てならないな」
コレットに煽られ、喧嘩腰になる二人。なかなか単純な連中である。
「やれやれ……こんなつまらない事で死なないでおくれよ」
「じゃあ、これを使ったらどうかな?」
レオノーラの言葉を聞いて、ジャレッドと一緒に用意した練習用の木の棒を取り出し二人に渡すケント。他のオーク達は王も含め観戦する気満々だ。その場にいる全員が完全にコレットのペースに乗せられていた。
「さあ、はじめ!」
コレットの合図でオークがジャレッドに襲い掛かる。
「女を見る目が気持ち悪いんだよ!」
率直な意見と共に上段から斬り付ける。
「いい女を見たら仕方ないだろ、男として!」
同意して良いものか迷う発言をしながら、オークの斬撃を難なく
「ほう?」
観戦していたオークのリーダー格が感嘆の声を上げた。同時にオークの女達からは「あら」と、褒められて満更でもない様子の声が上がった。
ゴブリンは剣に見立てた木の棒をオークの首に当て、そのまま首に沿わせて滑らせる。刃物で行えば頸動脈を切られ致命的な出血が起こっているだろう。
「勝負あり!」
コレットがジャレッドの勝利を宣言した。
「……負けました」
驚きの表情で固まっていたオークの若者は、素直に敗北を認めた。
「どうかしら?」
あえて多くを語らず、感想を求めるコレット。
「言いたい事はよく分かったよ、確かにこんな勝負の後ではジャレッドに一目置かざるを得ないね。自分の目で見た現実はどんな言葉よりも説得力がある。……何より、戦争するよりはずっと平和的だ」
レオノーラはコレットの提案に賛成するようだ。他のオーク達も、既にジャレッドの強さを称える事に夢中だった。
「でも、コボルトも同意してくれるかな?」
どうやらオーク達は決闘で決める事に異論がないようだが、コボルト側も賛成していなければ意味がない。
「大丈夫よ! 犬だし」
コレットの発言が意味するところはケントにもわかる。コボルトは二足歩行する犬のような種族で、その性質も犬に近い。要するにオークよりも更に強さによる順位付けを好む性質を持っているのだ。レオノーラが勇者の仲裁を求めたのも、同族よりも相手の性質を考えての事だった。
「問題は、どうやってコボルトに話を聞いてもらうかじゃな」
オーク王ベラトリオが、懸念の言葉を述べた。
「コレット、考えはあるの?」
「え? レオノーラが繋ぎを取ってくれるんでしょ?」
当然のように言うコレットだが、確かに彼女が話を持ってきたのだから何か考えがあるのだろうと一同納得する。視線がレオノーラに集まった。
「……ごめん。考えてなかった」