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偵察の結論

 コボルトの国は湖の先だ。船で突っ切ると向こう岸からはっきりと見えるので、徒歩で迂回していくことになる。


「勇者の聖域がどんなところか見てみたいけど、喧嘩が終わってからじゃないと無理だね~」


 コレットの言葉に、ケントも頷く。伝説の勇者ダイダロスが一体どうやって力を得たのか、そこに行けば分かるかも知れない。ぜひ行ってみたいと思うが、今はオークとコボルトの間のトラブルが先決だ。


「そうだね。今はあの島に勝手に渡るのは宣戦布告に等しい状況だ。そのせいで誰も島に入れない」


「誰も入れない……ね」


 レオノーラの説明を、含みのある口調で復唱するコレット。何か思いついた様子だが、それを口にしないという事は今言うべき事ではないのだろう。そう思った時、いつの間にか彼女をパーティで一番の切れ者として信頼している自分に気付くケントだった。




 湖の周りは森になっていて、身を隠しながら進む事が出来る反面、コボルトの斥候が潜んでいても気付けない可能性もある。前を行くレオノーラは慎重に周囲を見回しながら進むが、隠れる者を完全に見つける事は難しかった。だが……


「あそこに誰か隠れています。恐らくコボルトの方ではないでしょうか」


 レオノーラが気付けない潜伏者も、風景ではなく魂を見るアイリスには簡単に見つける事が出来た。


(凄い能力だな)


 相手に気付かれるといけないので大きな声を出せないが内心感嘆する一同。


「目当ての奴?」


 声を潜めて、短く尋ねるコレット。目的は英雄の命令に嫌々従っているコボルトを見つける事だ。こいつが目的のコボルトなら話が早いのだが。


「いいえ、違いますが……どうやら事態は思っていたより深刻なようです」


 アイリスの言葉には、動揺の色が混じっていた。彼女の説明によると、潜伏しているコボルトはオークの侵入を見張る歩哨のような立場であり、命令に従っているのではなく心から警戒している様子だと言う。


「本当にオークが侵略してくると心から信じている様子です。忠誠心によるものではないとすると、他のコボルトにも命令に疑問を持つ者はいないかもしれませんね」


 先行きが不安になる情報だが、まずは見つからないようにこの場から離れる事にした。




「参ったね、どれも脈無しとは」


 あれから国境線を辿り複数のコボルトを発見したが、全員が警戒の色を示していた。


「ならば、やはり危険でも堂々と話し合いに来たことを示すしかないだろうな」


 ジャレッドの言葉に一同頷く。結局ケントが最初に提案した通りのアプローチになるわけだが、実際に経験して納得すれば心も一つになり結束も強まる。論より証拠と言ったところだ。


「じゃあ白旗を用意してくるよ」


 この世界では敵意の無い事を示すサインとして、白旗を掲げる。相手が理性的な生物なら、白旗を掲げている相手を攻撃する事は無い。このルールを破る事は、魔王軍も含めて全世界を敵に回す事になるからだ。


 これは魔王軍がルールを律義に守るという事ではない。魔王軍が攻め込む大義名分を与える事になるのである。誰も味方しないと分かっているのだから、大手を振って攻め込めるというもの。ルールを破った者は孤立した状態で世界最強かつ無慈悲な軍勢に襲われる事になる。それ故に白旗を掲げる者を攻撃する事は許されないのである。


 そして、当然の事だが、このルールを逆手にとって白旗を掲げ侵入した後に攻撃するといった騙し討ちも厳しく禁止されている。


 だが、これには大きなリスクがある。相手が魔王軍の配下であった場合、向こうはルールを破っても平気だが自分達はルールを厳守しなくてはならない状況に陥る可能性があるのだ。


 一行は白旗を高く掲げ、二国を結ぶ幹線道路を進んだ。コボルトがルールを守る事を祈り、緊張した面持ちで進むケント達だったが、コボルト達もいきなり襲いかかったりはしなかった。国境でコボルトの兵士達がケント達を取り囲み、用件を聞いて来たのだった。


「止まれ! 何をしに来た?」


「勇者の聖域の件で話し合いをしにきた。アタシはキャニスターのレオノーラだよ、知ってるだろう?」


 レオノーラが答えると、コボルト兵達は困った様子で相談を始めた。


「どうする?」


「白旗を掲げる者を攻撃するわけには……」


 そんな話をしているコボルトの様子を見ながら、コレットがアイリスに尋ねた。


「どう? このワンちゃん達は悪者?」


「いいえ、皆さん真っ直ぐな魂の持ち主です。とても職務に忠実な方々なのでしょう」


 ケントはヒヤヒヤしたが、このやり取りを耳に挟んだコボルト兵のリーダー格は気を良くした。


「どうやら悪意は無さそうだ。フロリッツ様の所へ案内しよう」


 フロリッツとは、コボルトの英雄の名であった。ひとまずはコボルトの権力者と話が出来ると安堵したが、交渉が決裂したら意味がない。改めて背筋を伸ばすケントであった。

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