コボルトの国デルフォンは、オークの国キャニスターと比べると少し文明度が低いように見える。これは本当に文明が遅れているのではなく、美意識の違いからくるものである。コボルトは古いものを大切にする事に価値を見出しているのだ。
「なんかホッとするなー、牧歌的って言うのか?」
遊牧民的な集落を作るゴブリンのジャレッドには、キャニスターよりもこちらの方が落ち着くようだ。くつろいだ様子で緊張感がないようにも思えるが、ずっと緊張しっぱなしではいざという時に疲弊してしまう。ケントも見習って風景を楽しむ事にした。
「勇者とオークが白旗を掲げて来ました」
コボルト兵が一匹の大柄なコボルトに報告をする。彼こそがコボルトの英雄フロリッツだ。その容姿は簡単に言えば二足歩行のドーベルマン。見るからに厳格な空気を纏ったその男に、ケントやジャレッドだけでなくいつも呑気なコレットすら萎縮してしまった。目の見えないアイリスはいつも通りだが。
「勇者様が二人も、白旗を掲げて来たとなればこちらも最大限の誠意を見せなくては。皆の者、武器をその場に置け」
フロリッツはその外見に相応の威厳ある声でコボルト達に武装解除の命令を下した。どうやら話を聞いてくれそうだと安堵したケントだが、新たな疑問が湧いて来た。
「勇者様が二人?」
いつものようにコレットが真っ先に疑問を口にする。
「ケント様とアイリス様、お二人の事はよく存じております。我等コボルトは古より勇者と共に魔物と戦う使命を持って生きて来ました」
熱を帯びた視線で二人を見つめながら語る。
「私の事をよくご存知なら、勇者と呼ばれるような人間ではないという事もご存知かと思いますが」
アイリスを知っている事すら珍しいが、その上で彼女が追放された
「いいえ、そんな事はありませんよ。強さには様々な形がありますし、如何な強者も常に戦いに勝てるというものではありません。ヌマネズミを上手く退治できなかったぐらいで手の平を返す一部の人間が間違っているのです」
本当によく知っているようだ。あまりにも詳しすぎるのでいつも平静を保っているアイリスも動揺の色を隠せなかった。
「ほ、本当によくご存知なのですね……」
珍しく戸惑っている彼女を落ち着かせる為、ケントはアイリスの傍に寄り肩に手を乗せた。
「さて、では本題に入りましょう。お二人はそのオークに騙されているのかと思っていたのですが、こうやって話し合いに来たという事は何か伝えたい事があるのですね?」
レオノーラに目を向けた後、再びケント達の方に向き直るフロリッツ。やはりオークに対する不信感は拭えないと言った様子だ。
「おやおや、アンタ達の方ではそういう話になってるのかい?」
レオノーラは特に気を悪くした様子はない。どちらかと言えば嬉しそうな態度である。
「勇者の聖域の領有権を巡って争っているって聞いたんだけど」
フロリッツが見ているのはケントだが、コレットが横から話を始める。
「その通りです。あの島は勇者に所縁の地であり、両国のちょうど中間に位置する事もあり、互いに権利を主張し議論が平行線のままとなっています。そして、ここ最近オークが我等の領土に暴力的な侵入を繰り返しているのです」
「暴力的な侵入?」
「突然見回りの者を殴り倒して入って来るのです。知らせを聞いて徒党を組んで向かうと逃げて行くのです。私も遭遇しましたが、間違いなくオークでした」
フロリッツの証言を聞いていたレオノーラは驚いたように反論した。
「そんな馬鹿な。アタシ達の方では国境付近にキノコを採りに行ったらコボルトに攻撃的な態度で追い払われたって聞いたよ」
やり取りを聞いていたアイリスが口を挟んだ。
「私が見た限り、オークの皆さんは嘘をつくような方々ではありません。コボルトの皆さんも同様に」
「ふ~ん、どちらも自分の領土内で相手に襲われたって事?」
コレットの質問にフロリッツとレオノーラは同じく頷いた。
「なるほどね……」
彼女は確信している様子だが、先んじてケントが自分の考えを言った。
「どちらも相手に襲われたと言っていて、嘘をついてもいない……誤解にしても無理がありますね。これは僕の単なる勘なのですが、魔王の手下が何か細工をして二国を争わせようとしているのではないでしょうか?」
ケントの言葉に、コレットはうんうんと頷く。結論は同じだったという意思表示である。そこにジャレッドがオークの国で話したのと同じように自分の集落で起こった事を話した。
「魔王の手下……か。調べてみる必要がありそうですね」
フロリッツは考え込んだ。己の目で見た光景を疑うのは難しいが、勇者達の主張に矛盾はない。オークを疑う気持ちはひとまず棚に上げて、魔王の関与を探るべきだと納得した。その上で、どうやって真相を探ればいいのかと頭を悩ませていたのだった。
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コボルトヒーロー フロリッツ
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