偽者はなかなか隙を見せない。ケント達が島のどこかにいる事を知っているので、周囲を警戒しているのだ。
「まずいね、ちっとも離れようとしない」
しばらく様子を見ていてもベラトリオにぴったりと寄り添って離れようとしない偽者に、レオノーラだけでなく一行は焦りの表情を見せる。
だが、二人の様子をじっと見つめていたコレットは冷静さを取り戻していた。
「あれって、王様が先に行ってるよね。てことは、封印を解こうとしてるのは王様で、偽者はそれが終わるまで手が出せないんじゃない?」
彼女の言う通り、偽者はただベラトリオについていくだけだ。そもそもケント達がここにいる事は彼等にとって想定外の事態である。つまりここでやる事があって来たのだ。
「つまり、どうすれば良いんだ?」
状況を説明されても、ジャレッドにはどうしたらいいのか分からない。もちろん他のメンバーも同様だ。
「ふっふーん、つまり王様は封印の場所までは偽者にやられる心配がないし二人そろってそこに来るって事ヨ。待ち伏せしましょ!」
ベラトリオは先に上陸しているケント達と合流しようと思い、彼等を探して回っていた。そのため一行は容易に先回りする事が出来たのであった。
「ここが地下への入り口か。確かに何か不思議な力で閉められているね」
ケントは、封印された扉から呼ばれているような形容し難い感覚に襲われていた。
(なんだろう? 何も音がしないのに、入って来るように言われているみたいだ)
不思議な感覚に戸惑いつつも、偽者から王を救うため身を隠す場所を決める事にした。
「ところでお腹がすきませんか?」
急に、アイリスが普段言わないような事を言い出した。彼女の言う通り彼等は空腹だったのだが、誰かが答えるよりも先に言葉を続ける。
「ボブ様は魔法で食料を出せると仰っていましたが、どんなものでも出せるのでしょうか?」
(こんな時に何を?)
ケントは不思議に思ったが、ボブは気を良くしたようで明るく答えた。
「ええ、本物と比べると多少味が落ちますが知っている食べ物なら魔法で作り出せます」
「凄い! じゃあマカロン出して!」
すかさずコレットがリクエストをする。ここで言うマカロンは現代日本で見られるカラフルなお菓子ではなく、卵白から作られたクッキーのようなお菓子である。修道院でもよく作られているので、彼女なりにアイリスに気を遣ったチョイスだった。
「あ、美味しい」
ボブが魔法で作り出したマカロンは、想像以上に美味しく作れていた。これを食べたケントはフードクリエイションという魔法の素晴らしさを実感する。
「素晴らしいですね。ケント様は何か好きな食べ物がおありですか?」
妙に積極的なアイリスがケントにリクエストを求める。
「うん、じゃあ玉ねぎのフリッター(洋風天ぷら)って出来る?」
「庶民的な食べ物が好きなのネ!」
茶化すコレットに微笑むアイリス。ボブは助けてもらった恩返しとばかりにリクエストに応えていった。魔王の手下との戦いを前にして、穏やかなひと時が過ぎていくのだった。
「ちょうど良い休憩になりましたね。さすがはアイリス様です」
真面目なフロリッツは料理を楽しみながらも、戦いに向けた準備の一環と受け取っていた。
「何だこれは?」
その頃、ベラトリオはボブが捕まっていた牢屋を発見していた。つい最近まで何者かが閉じ込められていた事も分かる。
「これは一体どうした事でしょう? 魔王の手下によるものでしょうか?」
偽ボブが真剣に推理するような顔で語る。
「かも知れん。そして捕まっていた誰かを勇者が助け出したようじゃ」
偽者は牢屋を調べるベラトリオを後ろから攻撃したい衝動に駆られたが、自分の目的を思い出して我慢した。
(いかんいかん、こいつを殺してしまったら封印が解けなくなってしまう)
そして、気付かれないように準備していた細工を王の身体に施した。
「……勇者は封印の場所で待っているかも知れません。まずは合流しましょう」
(どうせ勇者どもは封印の前で待ち伏せをしているのだろう、危険な賭けになるが上手く騙せれば目的達成だ)
心の中で成功を祈る偽者だった。
「来たぞ!」
警戒していたジャレッドが、王と偽者の到着を知らせた。手筈通りに偽ボブをフロリッツとレオノーラ、ジャレッドが取り押さえ、ケントとアイリス、ボブがベラトリオを保護する。
だが、次の瞬間
「何をする!」
取り押さえられたベラトリオが叫ぶ。同時に偽ボブの手から煙が噴き出した。