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異形の悪魔

 そんなE地区の様子を、密かに窺う者がいた。捻じ曲がった二本の角と漆黒の鱗を持つ、半人半竜の悪魔。魔王軍幹部メリュジーヌである。


「あれがギルベルト……大したオトコね」


 長い黒髪をかきあげ、笑う女の目には嗜虐しぎゃく的な色が浮かんでいた。


「今日はよくやった。だがまだまだ動きが甘いな」


 ギルベルトは弟子達を集めて反省会を開いている。部屋の脇には大鍋に様々な食材を入れ煮込みながら味を見ている料理人がいた。もちろんメインの食材は角熊である。強い臭いを消すために入れられた香辛料の香りが部屋を満たし、働いて帰った男達の腹を鳴らす。


「気になるのは分かるが、まずは改善点をまとめよう」


 自分も腹を鳴らし、笑いを誘いつつも一人一人順番に指導していく。まずクラレオの剣さばきについて実演を交えて説明し、良くない点を修正しつつ良かった点を挙げて褒めた。


(ギルベルトさんのおかげで本当に俺も強くなっている。大人数とはいえEランクの俺が角熊を倒せるなんて)


 ギルベルトが他のメンバーに指導している間、クラレオは自身の成長を思い感慨にふけっていた。


「どう料理してやろうかしら?」


 メリュジーヌはどうすれば黒騎士に最も精神的苦痛を与えられるか考えていた。自分が負ける事など露ほども考えていない、完全に弱者をいたぶる目的でやって来たのだ。


 黒騎士は異世界からやって来たイレギュラーな存在である。それは知っている。だが、才能値等は関係なく人間がどれほど力を付けようと悪魔である自分に敵うはずがないと高を括っていたのであった。




「ふう、食った食った。ちょっと腹ごなしに散歩してくるぜ」


 食事を終えたギルベルトは、満足した様子で笑いながら弟子達に声を掛け部屋を出た。


「……さてと」


 扉を後ろ手で閉めた瞬間、彼の表情から笑みが消える。一秒後、その場に黒騎士の姿は無かった。


「ふうむ、ずいぶんと仲が良さそうね……はっ!」


 物陰から観察していたメリュジーヌは、首筋を狙う剣閃を察知し即座に身を屈めた。同時に刃状に伸ばした爪で襲い来る刃を打ち払う。


「のぞき見とはいい趣味してるね、お嬢さん」


「いつの間に!? 思ったよりやるようね、黒騎士!」


 今まで監視していた相手から突然の襲撃を受け、殺気をみなぎらせる悪魔。対するギルベルトは、払われた剣を持ち直し、余裕の表情を見せる。


(俺は完全にこの女の隙を捉えていた……やばいな、こいつは間違いなく幹部クラスの強敵だ)


 内心の焦りを悟らせないために平静を装う黒騎士。メリュジーヌはあなどっていた相手から不意打ちをくらったという事実に動揺し、そんな彼の内心を読み取る事は出来なかった。


「人間ごときが私の背後を取るなんて、もうこんな奇跡のチャンスは二度とないわよ」


 二つの黒い影が、同時に地を蹴る。


 金属がぶつかる甲高い音が夜の町に響き渡った。二人の剣技はほぼ互角だ。ギルベルトが繰り出す斬撃を華麗に受け流したメリュジーヌが刃の爪で刺突を繰り出し、またそれを黒騎士が剣で打ち払う。


(まずいな、住民が気付いてしまう)


 武器がぶつかり合う音が聞こえれば、何があったのかと様子を見に来る野次馬が現れる。なによりギルベルトの弟子達は戦闘の気配を察知したら加勢にくるだろう。


「私と張り合うとは、素晴らしい剣の使い手ね。本当に人間なのあなた?」


 黒騎士との戦いに夢中になっているメリュジーヌは彼の懸念にも気付けない。もし冷静に状況を判断していたら、即座に住民を人質に取る事を選んでいただろう。


「ギルベルトさん!」


 クラレオ達が駆けつけ、声を上げた。ルンバーノ率いる魔法チームはもう魔法の発動準備に入っている。


「来るな!!」


 彼等の魔法ではこの悪魔に傷一つつけられないだろう。はっきりと言ってしまえば足手まといだ。


 だが、彼等もそんな事はちゃんと理解していた。


『コンセントレート!』


 ギルベルトに掛けられる補助魔法。集中力を上げ、戦闘技術を底上げしてくれる魔法だ。


『ベアートラップ!』


 そして悪魔の足元に魔法のトラバサミを出現させ、足を取る。


「なにっ!?」


 黒騎士と悪魔は互角の戦いを繰り広げていた。そこに僅かばかりとはいえギルベルトを強化し、メリュジーヌの邪魔をすれば、効果は絶大だ。


(やるじゃねえかっ!)


 形勢の変化を瞬時に判断したギルベルトは、すぐに出せる中で最強の技を選んだ。


『魔法剣・ライトスラッシュ!』


 光の魔力を刃に込め、魔性の者に対する威力を増幅させた斬撃を繰り出す。ギルベルトが最も得意としており、かつての世界で数々の魔族を仕留めてきた必殺技である。黒い鎧に身を包んだ彼が行う事で多少なりとも相手の虚を突けるという意味でも重宝していた。


(ちょっとセコイけどな)


 黒騎士の放つ光の斬撃を避けきれず、袈裟掛けさがけに斬り付けられたメリュジーヌは悲鳴を上げて逃げていった。


「待て!」


 渾身の必殺技で止めを刺せなかった事に少なからずショックを受けながら、逃げていく悪魔を見送るギルベルト。下手に追いかけて逆襲にあい、弟子達が巻き込まれるのを恐れた彼は諦めて弟子達の下へ歩いていくのだった。


◇◆◇


 数日後。


「おのれ、黒騎士め……許さんぞ!」


 何とか致命傷を免れ、命からがら魔王城に逃げ帰ったメリュジーヌは怒りの声を上げつつも失敗の報告に戻った。


「申し訳ありません、グライアス様」


「あれっ、生きていたのか。失敗したと聞いたからてっきりられたものだと思って、ジョーカーを敵討ちに出してしまったぞ」


 軽い調子で彼女を迎え入れる黒鎧。


「まあいいさ。黒騎士はジョーカーに任せて、お前はケントの相手をしてやれ。分かっていると思うが、殺すなよ?」


「はっ、承知致しました!」


――――――


大悪魔 メリュジーヌ

才能値 200000

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