メリュジーヌを撃退した次の日、ギルベルトと弟子達は強敵との戦いを想定した訓練を始めた。
「昨日は良い判断だったぞ。だが、俺でもタイマンじゃ敵わないような相手には通用しないからな。
今後あんな化け物が襲ってくる事も考えて強敵との戦い方を教えよう」
ギルベルトは転移を繰り返し、二つの世界を救った英雄である。だが、彼がこれまでに戦った敵が全て彼より弱かったわけではない。多くの仲間達と共に力を合わせて強敵を打ち破ってきたのだ。
「俺達でもあんな化け物と戦えるんですか?」
クラレオは、昨日の悪魔を思い出していた。戦いの音を聞いて駆け付けたは良いが、恐ろしくて近づく事が出来なかった。ルンバーノに言って補助魔法でサポートする事にしてのは、それが最良だと思ったからではなく恐怖心からである。
ギルベルトはその判断を褒めたが、クラレオの心は挫折感に満ちていた。その心が疑問の言葉を彼の口から生み出した。
「一朝一夕には無理だな。だがいつかは戦えるようになるさ」
黒騎士は安易な励まし等は口にせず、常に事実を述べるだけだ。だからこそ彼の言葉は信じる事ができる。
クラレオは気持ちを奮い立たせ、次こそは師の役に立てるようになろうと決意した。
「まず、どんな時でも敵の攻撃をまともにくらわない事が重要だ。これは個人の戦闘と変わらないな。強い敵は致命的な攻撃を繰り出してくるからな。回避行動も力を合わせるのが大事だ」
自力で回避できるのならそれは強敵とは言わない。互いを互いに守る事が大切だと黒騎士は語る。
ギルベルトのような強者でも仲間との協力を語るのだと思うと、弟子達は何故だか気が楽になった。
ギルベルトの指導は必ず実演を交えて行われる。
「どんなに強力な化け物でも、絶対に防げない攻撃を放つ事は不可能だ。なぜなら絶対に破れない防御と互いの存在を否定しあう『矛盾』を内包するからだ。どんなに強力な攻撃も絶対に防げないという事はないし、どんな鉄壁の防御も絶対に破られないという事は無い。そして、攻撃も防御も力を合わせればそれだけ強くなる」
理屈を説明し、実際にやって見せる。今回はギルベルトの木剣による攻撃を同じく木剣で一人と二人、三人それぞれで受ける体験をし、力を合わせるという事を感覚で覚えさせた。
「剣で体験したが、強敵相手の防御は魔法で障壁を張るのが基本だ」
続けて、防御魔法を重ねる練習をした。
「強すぎる力は正面から受ければ潰される。障壁であっても、必ず回避や受け流しを意識しろ」
そんな練習を二日ほど続け、メリュジーヌとの戦闘から三日目の朝。
「おはようございます!」
クラレオがギルベルトを見つけて元気いっぱいに挨拶する。
「よう、おはよう。やる気満々だな!」
ギルベルトは明るい声で弟子の挨拶に応えた。
「ギルベルトさん、今日は朝から元気ですね」
ルンバーノもクラレオに続いて挨拶をする。いつも朝は眠そうに手を挙げて挨拶に応える黒騎士だが、今日は機嫌良さそうに笑顔で彼等の挨拶に応えている。
そんな師の様子に気を良くした弟子達は、今日の訓練も頑張ろうと気合を入れるのだった。
「どんなに高度な練習をするようになっても、基礎を疎かにしてはいけない。毎日必ず基礎練習は続けろよ。飽きたとか思うな、やらないと落ち着かないぐらいにまで習慣付けるんだ」
今日もギルベルトは弟子達に指導をする。だが、何かがおかしい。
(何だ? 特にいつもと変わらないはずだが、何か変だな)
何も変わった事は起こっていない。だが、弟子達の態度がいつもと違う。
微妙に
(俺は朝から一人で訓練の準備をしていたはずだ。だがこいつらは俺の機嫌が良いと言っている)
実際に彼の機嫌は良かったのだが、その事を当然のように語る弟子に疑問を持つ。
(鼻歌を歌ってたのを覗かれたか?)
違和感を覚えつつ、指導を続けるギルベルトだった。