違和感はあったが、その日はそのまま何事もなく終わった。
(気のせいだったのか?)
何となく落ち着かないギルベルトは町と周辺を調べてみたが、怪しい気配は無かった。
次の日、多くの弟子達が朝から剣の素振りをするギルベルトを目撃した。
「ギルベルトさんも頑張ってるし、俺達も頑張らないとな!」
そう語る彼等に、また違和感を覚えるギルベルト。確かに彼は素振りをしていた。だが、落ち着かない気持ちを静めるのが目的だったため、人目につかないようにこっそりとやっていたのだ。一人ぐらいは見つける者もいたかもしれないが、当然のように弟子達が彼の行動を知っているのが不可解だった。
午後になると、ルンバーノが不思議な事を言い出した。
「ギルベルトさん、最近人前に姿を見せるようになりましたよね。前は自分の事をする時は人目を避けてる印象でしたけど」
彼が言う通り、ギルベルトは自身の訓練や指導の準備などは人に見られないように行ってきた。それは今も変わらないのだが。
「……そうか? 特に意識してはいないんだがな」
平静を装って答える黒騎士だった。
弟子達との間に認識のズレがある。ギルベルトは違和感に気付きつつも、原因を特定できずにいた。魔王軍の幹部を退けた後だ、恐らく敵の襲撃だろうとは思うが目的と手段が特定できない。
「一体何が目的なんだ? 不安を煽りたいのか?」
大して意味のない嫌がらせをして楽しむタイプの悪魔は少なくない。そういう手合いの者である可能性は考えられるが、そう見せかけて実は慎重にかつ丁寧に罠を仕掛けているのかもしれないとギルベルトは警戒していた。
「ギルベルトさん、どうかしましたか?」
浮かない顔の師匠を心配したクラレオが声を掛ける。
「いや、大した事じゃない」
(今はまだ幹部と戦えるレベルじゃない。こいつらを巻き込まずに敵の正体を探りたいが……難しいか)
今度の敵はメリュジーヌより強い可能性が高い。少なくとも行き当たりばったりで迎え撃つような事態は避けたいと思っていた。
次の日の朝、ギルベルトは自分から弟子達を探しに出た。いつもこの時間に彼等がギルベルトの姿を目撃しているのだ。それがどんな現象なのかを調べるには、直接彼等に接触するのが一番早い。
「おはようございます!」
何事もない様子で挨拶をしてくる弟子達。異常は見当たらない。
(俺が探ると異常が見つからない。なら間違いなく何者かが意図的に俺を対象にして起こしている異変という事だ)
「まだ情報が少ないな」
「えっ?」
ギルベルトが漏らした呟きに、不思議そうな顔を見せる弟子。
「何でもない。今日も連携の練習だ、何度でも繰り返して上手くいったときの感覚を体に覚えさせろ。強敵相手では一瞬の遅れが命取りだからな」
ギルベルトは腹をくくった。もう敵の攻撃だと判断し、いつ襲ってきてもおかしくはないと覚悟を決めたのだ。最悪、弟子達が巻き込まれた時に少しでも彼等の生存率を上げるために全力を尽くそうと思っていた。
彼は長年の経験から既に、弟子どころか町の住民までも皆殺しにされる可能性すら想定しているのだった。
(もちろんただの遊びだけどね♪)
ある民家の屋根の上。眼下で警戒する黒騎士の様子を見ながら、ニヤニヤと笑う影が一つ。
だが、誰もその存在に気付く事は無い。