ギルベルトの斬撃をことごとく防ぎ、あくまで余裕の表情を崩さないジョーカー。
「そろそろ一分経つな。楽しいショーの始まりだ!」
道化師の言葉に呼応するように、クラレオ達が閉じ込められた透明な壁の内側に無数の蚊が現れた。
「ククク、かゆいゾ~」
弟子達が必死に蚊を潰していくが、次々と襲ってくる蚊にどんどん刺されていく。
「ふざけやがって!」
ギルベルトが吠える。
『魔法剣・ライトスラッシュ』
一刻も早く彼等を救うため、黒騎士は勝負を急いだ。
「うぐっ!?」
ギルベルトが放つ光の刃がジョーカーの体を捉える。攻撃を避けきれず苦痛のうめきを上げる道化師だが、黒騎士は選択の誤りを悟った。
「……思った以上にやるねぇ、ギルベルト!」
ジョーカーは傷を負ったが、致命傷には程遠い。その上、まともにダメージを食らったという事実によって笑顔を消し、怒りの表情を見せていた。
「それじゃあ、オレも本気を出すか♪」
再び笑顔に戻り軽い口調で言いながら腕を振ると、その手に巨大な鎌が現れる。
「どうだい? 死神みたいだろう」
ジョーカーの言葉には耳を貸さず、ギルベルトは一度深呼吸をして自分自身に喝を入れる。
(落ち着け、最悪全員死ぬって覚悟してただろ!)
心を落ち着け、次の策を考える。その間にジョーカーは鎌を振り回し、攻撃の準備を整えた。
「じゃあ、行くぞ!」
道化師の攻撃は、随分ゆっくりとした動きに見えた。大きな鎌をぐるんと体ごと回転させると、斬撃の軌道が虚空に不規則な線を描く。
「くっ……」
ギルベルトは変則的な攻撃の軌道に対応しきれず、左肩をざっくりと切り裂かれた。鮮血が黒い鎧の表面を赤く染める。
「ギルベルトさん!」
師の窮地に自分の置かれた状況もかえりみず叫ぶクラレオ。その声に右手を挙げて応える黒騎士。
「待ってろ、今助ける」
しかし、そんなやり取りも無視して更なる責め苦が弟子達を襲う。今度は空飛ぶ針が弟子達の皮膚を貫いていった。
「ハッハッハ、まるで針ネズミだね!」
道化師の笑い声が広場に響いた。
それから数分間。ギルベルトの剣は空を斬り、ジョーカーの鎌は少しづつ黒騎士の身体を傷つけていく。透明な檻の中には火責め、水責め、氷責めと次々に拷問を受け、既に息も絶え絶えの弟子達がいた。
「無様だねぇ、黒騎士。お前は大切な弟子も助けられず失意のまま死んでいくのさ♪」
ジョーカーの
(無駄な足掻き……という訳でもないな。どうせ何か起死回生の秘策を立てているんだろう)
ふざけ、
だが、彼は道化師である。ただ無難に敵を仕留めるだけでは面白くない。
(一体どんな大技を見せてくれるのか、楽しみだ♪)
相手の策を見届ける。たとえそれで自分が命を落とす事になったとしても、絶対にその方が面白いから、ジョーカーはギルベルトの策が完成するのを待たずにはいられなかった。
その拘りこそが、彼の最大の弱点でもあり、また強さの源でもあるのだった。
(あと少し……どうか持ってくれよ、弟子ども!)
ギルベルトは、ジョーカーを斬り付けるように見せかけて地面に特殊な文様を描いていた。
――魔法陣。
地面に描かれた記号や模様の組み合わせによって、それ自体が魔力を持つ文様である。通常、口で唱える呪文よりもはるかに強大な威力をもった魔法の行使を可能とする。
この世界では使い手が存在しなかったため、魔王軍ですらこの文様の意味を知る事は出来ない。
ギルベルトが動きを止めた。ジョーカーは彼の準備が整った事を察し、防御態勢に入った。
「出来たぞ。これでどうだ!」
ギルベルトが右手を頭上に高く掲げた。
『
ギルベルトが地面に描いた文様が光を放ち、弟子達を閉じ込めていた透明な壁を打ち砕いた。
「そしてこれだ!」
『フル・ヒーリング』
ボロボロになっていた弟子達の傷が瞬時に回復した。
「おいおい、そっちかよ! 完全に予想外だったぜ、大したもんだ」
拍手をして称えるジョーカー。
「だが、それじゃ誰も救えな~い♪」
ギルベルトは傷だらけで疲弊し、回復した弟子達にもジョーカーに立ち向かう力は無い。彼が言う通り、このままでは全員やられるだけだ。
だが、ギルベルトの口が歪む。彼の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……やっと、油断したな?」
ジョーカーは鎌を振り上げていた。愚かにも全ての力を弟子救出に使い万策尽きた黒騎士に、止めを刺そうとして無防備に攻撃態勢を取ってしまったのだ。
『ゴッド・スマッシュ』
ギルベルトの身体が光に包まれ、猛烈なスピードでジョーカーに突進する。完全に虚を突かれた道化師は、黒騎士の全身全霊をかけた究極の一撃を一切軽減する事もなくその身に受けたのだった。