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エルバードの議員

 E地区が謎の爆発により消滅したという情報はすぐに首都エルドベアにも伝わった。


「なんという事だ! あの強固な城壁が跡形もなく消滅するなんて」


 エルバードを運営する議会、その議員の一人が悲報を嘆いた。彼の名はトーマス。英雄の召喚を提案した人物であり、その責任からギルベルトの動向をずっと監視していた。


 ギルベルトに殴られた議員には度々たびたび嫌味を言われたが、黒騎士がE地区にもたらした変化を知り内心とても喜んでいたのだった。


「本当に困った事です。Eランクを隔離する場所をまた作らなくては」


 ある議員の言葉に、怒りを込めて反発する。


「何を言っているのだ、多くの人が亡くなったのだぞ!」


 すると、更に別の議員がトーマスに賛同して言う。


「そうですよ、あそこにはBランクの兵士もいたんです。まずは生存者の確認をしなければ」


(そうじゃないだろう!)


 Eランクの住民の事など厄介者としか思っていない議員達に、トーマスは強い怒りを覚えた。とはいえ、この世界の常識からすれば彼等は別段おかしい事を言っているわけではない。むしろおかしいのはトーマスの方だ。


(そうだ、ギルベルト殿は生きているのか確認しなくては)


 すぐに情報収集に向かおうとする彼に話しかける議員がいた。ギルベルトに殴られた議員、ザッハークだ。


「あの男があそこにいたんだろう? 不吉な黒騎士なんかがいたせいで魔物を引き寄せたんじゃないかね」


 彼の言葉はある意味正解なのだが、魔王軍の事情を知るよしもないのでこの発言はただの嫌味である。


 トーマスはザッハークを一瞥いちべつすると、無視してその場を立ち去った。


「ふんっ、ケント様は次々と事件を解決している。余計な助けなど必要なかったのだ」


 トーマスの背中を見送り、不満を口にするザッハークを他の議員がなだめるのだった。


 エルドベアの街に出たトーマスは、部下を偵察に向かわせた後、自分の屋敷に戻った。報告を待つ間にE地区にいた人々の遺族へ哀悼の意を表す手紙を作成し、今後生まれてくるEランクの処遇について議会に提出する案をまとめるためだ。


「そうだ、ギルベルト殿が生存していたら、奴等に邪魔されないうちにかくまわなくては」


 トーマスはギルベルトを見つけたら町外れの別荘に案内するよう、通信魔法で部下に連絡を入れるのだった。




 ギルベルトは気がすむまで大声を上げて泣いた後、身体を休めるためにその場で大の字になっていた。


「泣いてたって何も始まらない、体力を回復させてまた一から出直しだ。立ち止まったら俺を庇って死んだあいつらに申し訳ない」


 自分に言い聞かせるように、独り言を口にして目を閉じる。


 そのまま眠りについたギルベルトだったが、しばらくして人の気配を感じ目覚める。


「誰だ?」


 身体を起こす。少しの睡眠だったが、身体はだいぶ軽くなっていた。


「生存者がいたぞ!」


「ギルベルト様だ!」


 トーマスの部下が発した言葉を聞いて、ギルベルトは手を上げ呼び掛ける。


「あんた達は何者だ? 俺の事を知っているのか?」


 すると彼等はギルベルトの前に膝をついて自己紹介を始めた。


「我々はエルバード議会のトーマス議員に仕える者です。トーマス議員はギルベルト様をこの世界に召喚する事を提案した方で、あなたを別荘へお連れするよう指示されました」


 話を聞いて真っ先に思い浮かべたのはザッハークの顔だったが、彼等からは敵意を感じないので大人しくついていく事にした。




 トーマスの別荘に案内されると、既に主はそこで待っていた。


(俺がぶん殴った奴ではないのか)


 彼の顔に見覚えはなかったが、暴れて追い出された場所の人間という事で少し警戒する。


「よくぞご無事……ではないですが、生き延びてくださいました。色々とお話を伺いたいところですが、まずはお休み下さい。お部屋へ案内させましょう」


 トーマスはそう言って執事らしき人物にギルベルトを案内するよう指示した。


「俺の事を良く思ってないんじゃないのか?」


 ギルベルトの疑問に笑顔で答えるトーマス。


「とんでもない! 我々こそ大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 釈然としないギルベルトだったが、今はトーマスの言葉に甘えて休息をとる事にしたのだった。

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