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完全実力主義

 ギルベルトとトーマスはアルベドを経由して南のブルーノ港に向かう。徒歩では時間がかかるので馬車による移動だ。


「これは凄いな、乗合馬車とは乗り心地が段違いだ」


 二人が乗っているのはトーマスが所有する大型の幌馬車だった。車を引く馬も立派な四頭立てで、キャラバンが使うような大人数・大荷物を運ぶものだ。悪路でも快適に進めるよう、車軸にバネ式のサスペンションが付いた最新式のモデルである。


「エルバードの議員は金だけは持ってますからね」


 少々自虐的に言うトーマスだが、ギルベルトは微笑んだ。


「生活困窮者が見当たらないエルバードの治世は誇っていいものだぞ。国家運営会議だっけ、国王とかはいないのか?」


 三つの世界を渡り歩いてきたギルベルトから見て、才能値による差別的な扱いを考慮してもエルバードは相当に優れた国家運営をしていると判断できた。もし悪政をいていたら、国家転覆を企てていただろう。


「かつては王政でしたが、魔王軍との戦いにおいて単独のリーダーに頼った体制は非常に危険であるという考えから議会制に変わりました。議員が数人魔物に襲われて亡くなっても残った者で政治を行うためです。議員は試験によって選出されます」


 トーマスの説明によると、かつて存在した王族は魔王軍によって全て抹殺されたという。時の勇者ダイダロスの提案によって議会制に移行したのだそうだ。


 新しい議員の選出は、国家運営会議によって行われる。議員が議員を選ぶ構図は不正の温床にもなり得るが、議員一人一人の権力が強すぎるためにかえって見る目が厳しくなっていた。


「ああ、派閥を作ろうとしても味方に足手まといがいたら死活問題だし敵が力を付けたら困るから、結果として厳正に判断するのが最良というわけか」


 コネや賄賂わいろに頼るような人間はライバルに付け入る隙を与えるから味方に引き入れたくはないという事だ。


「それだけではなく、不正をするような人間は自分が権力を手に入れたら手のひらを返すのです。議員になった時点で名目上は全員が対等な立場になるわけですからね」


「シビアだな」


「政争を繰り返した結果、互いが互いの行いを厳しくチェックするようになり、正しく結果を出した者が発言力を強めるようになりました。一見理想的な状況にも見えますが、ミスの許されない戦場です。勇者への手厚い支援も非情とも言えるランクわけの厳格化もこの制度が生み出したものですから、一長一短なのでしょうね」


 政治の世界は怖いなと思うと共に、自分の召喚を提案したトーマスの現状が気になるギルベルトだった。




 そうこうしているうちに二人はブルーノ港へ到着した。


「おお、活気があるな」


 多くの船から搬出される農作物や貴金属が港にあふれ、それを運搬する船乗り達と買い付けの商人が至る所で商談をしていた。商人の護衛と思しき冒険者の姿も随所に見られ、そんな連中をあてにした飲食店や宿泊所が賑わっている。


「イジュンの住む島に行く船は明日出港します。今日はここで宿をとりましょう」


 トーマスが用意した宿の部屋は、最高級の部屋だった。これは贅沢などではなく、議員としてそこに泊まらないと民に示しが付かないのだ。


(権力者も大変だな)


 もちろんトーマスとギルベルトが行動を共にしている事は秘密に出来ない。不吉な黒い鎧に身を包んだ騎士を引き連れた、冒険者のような出で立ちをした議員の様子は奇異の目で見られた。中には黒騎士が何者か尋ねる者もいたが、トーマスは決まってこう答えた。


「この方は異世界からやって来た英雄です。魔王軍の幹部とも互角に戦う実力者ですよ」


 事実だが才能値の事もあるのであまり言いふらされたくないギルベルトに、トーマスは「堂々としているべき」と目で語っていた。


 その日の夜、早速トーマスに訓練の仕方を教えるギルベルトだったが、彼の飲み込みの速さに内心舌を巻く。


(さすが実力主義の世界で生きる男だな。才能値なんていうまやかしとは関係なく、桁違いに優秀だ)


 同じく飲み込みの速いケントの事を思い出しながら、次々と高度な指導をしていくのであった。

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