イジュンは生まれた時から左手の甲に
そんな彼も高い才能値を持つAランクの人間であったため、表面上は勇者として大切に育てられていた。しかしイジュンは自分がどのように見られているかを知っていたのだった。
「イジュンは左手に黒い手袋をしています。簡単に見つかるでしょう」
トーマスの説明に、ギルベルトは疑問を持った。
「この世界では黒は不吉な色なんだろ? なんでわざわざ黒い手袋をしているんだ?」
黒騎士の疑問に、少し悲し気な表情で答える。
「不吉だからですよ。Aランクでありながら戦う力を持たない者は、すなわち
神の加護の意味するところを察したギルベルトは、トーマスと同様に複雑な表情をした。
「なので、Aランクとしての記録を抹消されると同時に黒い装飾を身に着けるのです。彼は左手の甲にある髑髏の痣を隠すために手袋を着けました」
イジュンはまだ十四歳である。二年前にスライムに勝てず追放された時、彼はなるべく人と関わり合いにならずに生きる事ができる場所を求めた。
彼を疎ましく思っていた両親も歓迎し、南の島でバナナを育てる農家に預けた。農家は手伝いをするなら構わないという事でイジュンを受け入れたのだった。
イジュンは極力他人と接触しないようにしていた。心を閉ざしたのではなく、これ以上人に嫌悪されたくないと思っていたのだ。
「イジュン、今日は仕入れの船がやって来る。ここにバナナを運んでおけ」
農家のおじさんに言われて、黙々とバナナを運ぶイジュン。
「よいしょ、よいしょ」
黒い短髪に日焼けした肌を持つ精悍な顔つきの少年は、その顔立ちに似合わぬ覇気の無い表情で仕事をしていた。
「あれがイジュンか」
その様子を離れた所から眺める二人。
「当然ですが、元気が無いですね」
「ふむ……」
ギルベルトが無造作に近づいていく。すぐにイジュンは黒騎士の姿を見つけた。
「だ、誰? あ、黒い鎧……」
彼は黒いものを身に着けているギルベルトを自分と同じ境遇の人間だと感じた。それは勘違いではあったが、彼に少しの希望を与える事に成功したのだった。
「よう、イジュン。俺はギルベルト、お前を探しに来たんだ」
実に気安く話しかける黒騎士。イジュンは困惑しつつも、自分に嫌悪を向けない人物に興味を持っていた。
「どうしてボクを探しに来たの?」
「それは、俺がお前を必要としているからだ」
必要としている。生まれてこのかた誰からも言われた事の無い言葉に、イジュンは頭をわしづかみにされたような衝撃を受けた。誰からも嫌われていた彼は、この単純な言葉を何よりも欲していたのだ。
――仮に、この黒い鎧の男が地獄からの死者だったとしても、その甘い響きに抗う事は出来ない。
イジュンは自分の境遇と男の姿から、このような考えを持った。だが彼にとって極めて幸運な事に、この言葉を発した男は真の英雄なのだ。
「ボクは弱いし、こんなに不気味な痣もあるのに?」
それでも不安そうに左手の手袋を取って見せ、俯く少年。その頭をグシャグシャと撫で、ギルベルトは言った。
「今は弱くても、お前は俺が強くしてやる。ドクロの痣なんていかにも強そうでカッコイイじゃねーか、むしろ誇れ」
少年は、涙を流した。ギルベルトの口から発せられる言葉は、何から何までイジュンがずっと欲していた言葉だったからだ。
黙って様子を見ていたトーマスが、頃合いを見て二人に近づく。もう大丈夫だと判断したのだ。新しい仲間の誕生を祝う宴会の段取りを考えながら自己紹介をするトーマスだった。
――――――
英雄 イジュン
才能値 25000