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蛮族の聖地

 ケント達は蛮族の親子と共に依り代を探すために集落を出発した。


「依り代って、人形みたいなものでしょ。どこにあるの?」


 コレットがライオネルに尋ねた。


「この谷の中央部、蛮族の聖地です。鬼族は近づかないのであまり危険はないでしょう」


 フォックスバローは大体の地域を蛮族が支配しているが、鬼族の本拠地がある北側地域では集落を追われる被害もある。中心部の聖地は周囲を蛮族が厳重に守り、鬼族にとっても価値の無い場所なので安全な場所であるはずだった。


 ケント達はまだ知らないが、そんな場所に不穏な気配が現れたのを感じた勇者アウローラが様子を見に行って襲われたのだ。


「どういう理由でその場所が聖地になっているんですか?」


 ケントも気になっていた事を尋ねた。聖地と呼ばれるからには何か彼等が崇拝する理由があるはずだ、勇者の聖域のように。


「あそこには、かつて勇者ダイダロスと蛮族のリーダーであったアラケスが友好を結んだ場所です。その時に狐の姿をした神が降臨し二人を祝福したという言い伝えがあるのです」


 狐の姿をした神と聞いて、アベルの杖に狐の飾りがあった事を思い出す。


「神様って狐だったの?」


 コレットが、今度はアイリスに尋ねる。


「私達が神と呼ぶ存在は様々な姿で人の前に姿を現します。かつて勇者の聖域でダイダロスに力を与えた神は少女の姿をしていたとか」


 そこまで話し、思いついた事があるのかアイリスもライオネルに質問した。


「依り代は等身大の人形という事ですが、もしや見慣れない服を着た銀髪の少女ではないですか? 年齢は十歳前後ぐらいで」


 具体的な年齢まで指定するアイリス。修道院で教わった聖域の神が依り代に乗り移った管理者なのではと考えたのであった。


「その通りです。なるほど、聖域で勇者に力を与えた『神』は実際には神のしもべだったという事ですね」


 結局は間接的に神から力を授かった事になるのだが、信仰上はあまり明らかにするべきではない事実だろう。


「その依り代は何故聖域から持ち去られて蛮族の聖地にいるんだ?」


 ジャレッドが疑問を述べる。だが、その答えを知る者はいなかった。


「勇者しか入れない場所なんじゃろう? 神様が何かの目的で移したんじゃないか?」


「神様が何を思ってるか聞けんの?」


 アベルの推測に、マキアが茶々を入れるが


「それが出来たら苦労せんわ!」


 と怒られた。だが、兄の態度にマキアは喜色満面の笑みを見せていた。


 そんな兄妹の様子を見ていたケント達も自然と笑顔になるのだった。




 聖地に到着すると、警備の蛮族達が緊張の面持ちで走り回っていた。


「何があった?」


 蛮族の一人にライオネルが駆け寄り事情を聞くと、聖地の様子を見に行った勇者アウローラが傷だらけで戻って来たという。


「聖地って人間が一人で入って良いの?」


 空気を読まないコレットが疑問を口にすると、他の警備兵が律義に答えてくれた。


「勇者は一緒に鬼族と戦ってくれとるもんで、入るのを制限しとりゃあせんのですよ」


 なるほどと納得する妖精をのけて、状況を聞くケント。


「アウローラさんはどんな状態ですか? 誰がやったのか分かりますか?」


「それは、私の口から話そう」


 ケントの質問に答えたのは、簡易的な救護所で休養を取っていたアウローラ本人だった。


「初めまして、私はアウローラ。各地を旅し、モンスターを退治している者だ」


 名前は聞いていたが、初めて顔を合わせる現役勇者の先輩である。短い黒髪に茶色の瞳を持つ鋭い目つきの女性で、年の頃は二十代といったところだろうか。傷だらけで戻って来たという割には傷が見えないのは、既に魔法で傷を癒した後なのだろう。


「君はケント君だな、噂は聞いている。そして、昨日私を打ち負かした相手が君の名前を口にしていた」


 ケントが自己紹介をする前に言葉を続けるアウローラだが、その言葉にざわめきが起こった。


「ライオネル殿には今すぐ仲間に警告を出して頂きたい。あの悪魔は『蛮族と遊ぶ』、『ケントは殺せない』と語っていた。ケント君がここに来ているという事は……」


「アベルはここに残ってケント殿を案内しろ。マキア、行くぞ!」


 アウローラの言葉が終わらないうちに、言わんとする事を察したライオネルが指示を出す。マキアも頷き、ついていこうとする。


「爪に気を付けろ! 奴は異常な強さだが、力で押す事しか知らん!」


 アウローラの忠告に手を挙げて応え、駆け出す二人。アベルはその背中を見送り、密かに拳を強く握っていた。


「焦っても良い結果は生まない。少し話をしないか?」


 突然の展開に動揺するケント達に、アウローラが落ち着いた声で話しかけた。

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