「蛮族から話を聞いたかも知れないが、私は彼等と距離を取っている。正しくはそこのアベルさんとだ。理由は彼が祈祷師だからだな」
アウローラは早口ではっきりと喋る。ケントがなんと返事をすべきか迷っていると、更に言葉を続けた。
「ケント君はたぶん『忌み子』という言葉を知らずに育ったと思う。勇者にとって、知る必要のない知識だからだ。だが、私は偶然知ってしまった。アイリスという忌み子の誕生を目の当たりにしてな」
「えっ!?」
彼女の言葉にケントは驚き、アイリスを振り返った。盲目の修道女は表情を変えず黙って話を聞いている。
アイリスとアウローラは旧知の仲だった。どちらもAランクで年もさほど離れていない女性同士であり、同じ才能値を持つ二人は将来は勇者として共にモンスターを退治する仲間になるのだと周囲も本人達も思っていた。
アイリス十三歳に対してアウローラは十七歳。間もなく勇者として旅立つアウローラは、妹のように思っているアイリスに会いに行った。
「アイリスはどうしているかな?」
この時のアウローラは、旅立ちを前に気分が高揚していた。沈着冷静でどこか冷たい印象を与える彼女も、この時はフワフワと浮ついた足取りで町を歩いていた。そのせいで、町に現れたモンスターに気付く事無く通り過ぎてしまったのだ。
『出来損ない』と呼ばれて何処かへ連れて行かれるアイリスに、声をかける事も出来なかったアウローラ。高い才能値を持つアイリスが実は弱かったという、それまでの常識の外にある出来事に混乱しただ立ち尽くすだけだった。
その後アイリスの行方を調べた彼女は、国家運営会議で『忌み子』と呼ばれている数人の元Aランクの存在を知る。
そして、自分自身が生まれた時から強かったアウローラは、それが呪われた存在であるという人間世界の常識を疑う事もなく受け入れてしまった。
「アイリスは神の祝福を受けられなかったのか」
アウローラにとって、その結論はとても重く心にのしかかってきた。何故、神はアイリスを祝福しなかったのか。目が見えない事が問題なのか、と。
それから、彼女は誰とも仲間にならなかった。
ずっと一人で旅し、モンスターを倒し続けてきた。
そして、蛮族の地に来てアベルの存在を知った。この地では祈祷師として大切にされるという事も。
「私自身、自分の感情がよく分からない。私にとっては今も才能値によって与えられる強さは神の祝福であり、アイリスは理解しがたい存在のままだ。ただ、アイリスがこの地に蛮族として生まれていたらあんな目に遭う事もなかっただろうと何度も思ってしまった」
だからアベルに対して距離を取ってしまったのだと話すアウローラに、アイリスが近づきその手を取った。
「……良かった。お姉様が弱い私の事を嫌ってしまったのかと思っていました」
「な~んだ、いい人じゃん! 一緒に行こ!」
感動的なムードになりかけたところに陽気な声で騒ぎ出すコレット。
ケントとしても彼女に賛成なのだが、もうちょっと空気を読んでくれないものかと苦笑するのだった。
「悪いが、それは出来ない」
アウローラは同行を拒否した。
「どうしてですか?」
アイリスも不満そうに質問する。
「ケント君、一つ確かめたいのだが、君も『忌み子』か?」
アウローラはケントに厳しい視線を向ける。ケントは黙ってうなずいた。
「やはりな。道理でアイリスやアベルさんとも普通に接しているわけだ」
視線を落とし、納得するようにうなずくアウローラ。
「先程も言ったが、謎の悪魔は『ケントは殺せない』と言っていた。正直に言って、私はまだ忌み子という存在を疑っている。本人達にその意識がなくとも、悪魔に求められているのではないかとな」
みなまで言わないが、彼女は祈祷師が対話する『神』とは彼女達が信仰する神とは対立する存在、つまり悪魔なのではないかと疑っていた。
「すまないな、アイリス。私はまだ何が正しいのか分からないのだ。君達が悪人ではない事はよく知っている。だが、自分の生まれ育ってきた世界の正義に照らし合わせると簡単に心を開くわけにもいかないのだ。勇者として!」
ケント達はもちろんアウローラの言葉に不満がある。アベルも複雑な表情をしている。だが、彼女の言葉に反論できる材料も無かった。特に悪魔の残した言葉はケント自身にとっても非常に不可解で己の出自を疑ってしまいそうになるほどである。
「……まあ、自分の考えっちゅーもんはそう簡単に変わらんわ。ワシも自分の弱さを受け入れられてないしな」
アベルが頭をかきながら言う。
「だから、今すぐ結論を出す必要もないじゃろう。あと、ワシの事を嫌っとったんじゃないと聞いてちょっとホッとした。実はちっと気にしてたんでな」
彼の言葉に場の空気がほぐれた。そう、すぐに結論を出す必要はないのだ。
「失礼な態度を取ってしまって申し訳ない。私も回復したら北に行くのを止めて真実を見極めるために一旦帰ろうと思う」
「私はいつまでも、お待ちしています」
アイリスとアウローラがうなずきあった。
「それじゃあ、さっさと依り代を回収して集落に戻ろう。蛮族の皆が心配だ」
話が終わったのを見計らってジャレッドが促した。
「そうだ、急いで用事を済ませよう」
ケントも彼等の事が心配だったので、同意した。また悩みの種が増えたが今は目の前の問題を解決しなければならない。アウローラに別れを告げ、一行は聖地へと入っていくのだった。