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依り代

 アベルに案内され、蛮族の聖地へと入るケント達。入口に設置された頑丈な格子扉を鍵で開け、中に入ると一行は空気の違いを肌で感じた。聖なる地に特有の清浄な空気などではなく、そこに『何か』がいると本能で感じる。ケント達が感じたのは、圧倒的強者の放つ威圧感プレッシャーだった。


 扉を抜けて少し進むと到達する聖地は、非常にシンプルな場所だった。ただ隙間なく円形に生えた樹木に囲まれた広場であり、中心部に神を称える石碑があるだけの場所。そして、その石碑の横には明らかに異質な物体が座って・・・いた。


――それは、少女の人形。


 身長は120センチメートルと大きく、実際の七、八歳の少女と同じぐらいの大きさである。長い銀髪が特徴的で、着ている服はレースやフリルで飾られており、スカートはパニエで膨らませ、編み上げのブーツを履いたいわゆる現代日本のゴシックロリータに近い洋服であるが、黒ではなく淡いピンクを基調としていた。どちらかといえば甘ロリと呼ばれるタイプのファッションだが、シルエットはシャープである。とてもこの世界で目にする事の無い異質で華美な服装の人形は、ケント達に神の依り代である事を疑わせる事がなかった。


「全然汚れてないけど、いつからここにあるの?」


 コレットの疑問に、誰もが心の中で同意する。


「少なくとも百年は前からここにおる。伝承に残っていないから御神体とかではないって分かっちゃいたが、とても動かす気にはならんちゅうてそのままにしてきたんじゃ」


 アベルの証言を聞き、間違いなくこれが依り代であると確信するケント。


「これをどうやって持っていくんです? 大きいし、何となくおそれ多いっていうか」


 ジャレッドが困惑した様子でケントに尋ねる。ケントもどうしたものかと迷い、思わずアイリスの顔を見る。


「ええと、抱きかかえていけばいいのでは」


 アイリスも、意見を求められて困った様子である。こうやって、とジェスチャーで示すのはどう見ても『お姫様抱っこ』だった。


「それにしても聖域で聞いたあの声の主がこの体に入るんでしょ?」


 コレットの言葉に、管理者の厳かな声を思い出すケント。


(この人形があの声で喋るのか……)


 凄まじい違和感である。


『急げ』


「えっ?」


 何者かの声が頭の中に響く。若い女性を思わせるその声を聞いたのはケント、アイリス、アベルの三人である。


「今のは?」


「お主らも聞こえたか?」


 顔を見合わせる三人に、コレットとジャレッドが怪訝な顔をする。


「どうしたの?」


 この状況から、もしやと思いついたのはアベル。


「まさか、神の声か?」


『早く行け。悪魔が集落を襲っている』


「!!」


 迷っている暇などないと理解したケントは、依り代を抱きかかえ走り出す。他の者達もすぐに後を追った。


「なんて言ってたの?」


「集落が悪魔に襲われてる!」


 それ以上言葉を交わす事無く、全員まっすぐに聖地から集落へと向かう馬車を目指した。


◇◆◇


「アハハッ、楽しませてくれるわね」


 半人半竜の黒い悪魔、メリュジーヌが爪についた蛮族の血を舐めとりながら笑う。周囲には、傷だらけになりながらも大剣を構えて悪魔を取り囲む蛮族の戦士達。だが、あまりにも大きい実力差に彼等は死を覚悟していた。


「ウウフ、随分と痛そうじゃない? そろそろ楽にしてあげましょうか……なーんてねっ!」


 言葉と共にメリュジーヌの身体が宙を舞う。戦士達は何とかその姿を捉えようとするが、とても反応できない。剣を構えた態勢のまま体中に裂傷を増やされて行くのみだ。だが致命傷には至らない。彼女は彼等をいたぶっているのであった。


「みんな!」


 そこに、マキアが到着する。後にはライオネルも続いていた。


「あら、真打ち登場ね」


「悪魔め、何が目的だ!」


 ライオネルの怒りがこもった問いかけに、メリュジーヌはあざけるような笑みを向ける。


「暇つぶしよ」


 マキアが地を蹴った。飛竜ワイバーンを一刀のもとに仕留めた強力な斬撃が竜人を襲う。


「おー、怖い」


 勢いよく振り下ろされた大剣を硬質化した爪で軽々と受け止めるメリュジーヌ。次の瞬間、マキアの胸の前で火花が散った。


「やるじゃない!」


 メリュジーヌの斬撃を、ライオネルが剣で打ち払ったのだ。


「蛮族を舐めるなよ、悪魔!」


 距離を取る二人を見つめながら、嬉しそうに笑う悪魔だった。

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