「勇者だろうが蛮族だろうが、混沌の加護を受ける者が混沌の
メリュジーヌは余裕の笑みを浮かべたまま、両腕を胸の前で交差させた。両手を開き、その十指から伸びる鋭利な爪が妖しい光を宿す。
ライオネルとマキアは、強力な攻撃が放たれる予感に緊張する。竜人はその場で高速回転し、妖しい光の螺旋を描いていった。
『スパイラル・クロー』
メリュジーヌはギルベルトに敗北した事で教訓を得ていた。圧倒的な実力差のある相手をいたぶる時でも、決して油断はしない。口ではどれだけ嘲っていても、決して侮らない。
彼女はさながら兎を狩るにも全力を尽くす獅子の如く持てる力の全てを使って獲物を制圧し、全神経を集中して相手の反応を捉えながらいたぶるのだ。
「うわああっ!」
二人は竜巻のような斬撃を防ぐことが出来ず、全身を切り刻まれていく。弱っていた蛮族の戦士達もメリュジーヌの攻撃に巻き込まれ、薙ぎ払われるように地面に倒れ伏していった。
「なんちゅう化けもんよ……」
苦痛に顔を歪め、弱音を吐くマキアの横でライオネルが動いた。
「おおおおっ!」
大剣を下段に構えて駆け寄り、流れるような動きで全身のバネを使って跳躍しながら大上段に振りかぶる。
「食らえ!」
力一杯振り下ろした剣を、メリュジーヌは交差させた爪で受けながら横に払い落とす。攻撃の力を完全に殺したところで剣を挟み込んだ両爪を開くように身体を半回転させ弾き飛ばした。
「凄い力。さすがに受け止めるのは無理そうね」
大剣を弾かれ手から放したライオネルは、その両手をメリュジーヌに向けた。
『シャイン!』
蛮族は魔法が苦手で、専ら武器による戦闘を行う。だが、全く魔法が使えないわけではない。ライオネルの手から放たれた浄化の光は、虚を突かれた悪魔の顔面に直撃した。
「……やるじゃないの」
一瞬苦悶の表情を浮かべたメリュジーヌは、すぐにまた余裕の笑みを見せた。
「でもね、それがあなた達のゲ・ン・カ・イ♪」
彼女の長い爪が、ライオネルの腹部を刺し貫いていた。
「お父ちゃん!」
悲鳴を上げたマキアも次の瞬間腹部を突かれ、その場に倒れるのだった。
しばらくして、ケント達が到着した。辺りには傷つき血だらけになった蛮族達が横たわり、重なったうめき声が合唱のように響いている。どうやら皆重傷だが命はあるようだ。
そして、それらの中心に黒い悪魔が佇んでいる。
「親父! マキア!」
アベルの声に振り返るメリュジーヌ。
「あーあ、来ちゃった」
残念そうに呟く悪魔を睨み付けるケント。
「お前は何者だ!」
「私は魔王軍幹部、
目を合わせ名を呼ばれると、胃を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。心臓が早鐘を打つ。やはりこの悪魔は自分を狙っている。それも殺すためではなく、何らかの目的に利用するつもりなのだ。ケントを見つめながら殺意を向けない悪魔の様子からそう悟った。
「お……にい、ちゃ……」
地面に倒れたマキアがアベルを見て声を出した。
「クソったれがああ!」
走り出すアベル。
「やめろ!」
同じく倒れたライオネルが制止の声を上げるが、逆上したアベルは構わずメリュジーヌに殴りかかった。
「無理しちゃダメよ、お兄ちゃん」
クスクスと笑いながら、アベルを翼で弾き飛ばす。戦う力の弱い彼は、軽々と飛ばされケントの足下に倒れた。
「アベル!」
仲間達の声が重なる。
「くっそ!」
悔しそうに顔を上げたアベルの目に、目をつぶった少女人形の顔が映る。
――我が名を呼べ!
刹那、脳裏に響く女性の声。そして浮かび上がるイメージ。本能的に、アベルは『彼女』の名を理解していた。
「来い、クウコ!」