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巣穴の主

 アベルが呼びかけると、人形が目を開いた。透き通るような青い瞳が彼の顔を見据える。


「すまないが少し借りるぞ」


 人形は口から若い女性の声を発し、まるで生きた人間のように自然な動きで立ち上がる。そして芝居がかった動きで恭しくお辞儀をして見せた。


「よくぞ私を呼び出してくれた。盟約により自分の意志では出てこれないのでね」


 そしてメリュジーヌに顔を向け、笑みを浮かべる。柔らかく動く人形の皮膚は、先程まで背負っていたケントにとって不可解な状態だった。


「これは……大きな狐さんですか?」


 魂が見えるアイリスは、人形に宿る魂魄が尻尾の無い大きな狐の形をしている事に気付く。


「狐じゃと!?」


 蛮族が崇める神は狐の姿をしている。彼女こそがアベルが祈りを捧げていた神なのだろうかと一行は思った。


「私の名は空狐くうこ。悪魔よ、そなたの狼藉ろうぜきは目に余るぞ」


 空狐と名乗る人形が咎めると、メリュジーヌは笑って答えた。


「可愛いお人形さんに宿ったわね。そんな姿で戦えるのかしら?」


 硬質化した爪を胸の前で交差させ、威嚇して見せる悪魔。そんな彼女を鼻で笑うと、空狐は不思議な光を身体から放出した。


秩序ある宇宙コスモス


 ケント達は急に足元がグラついたような感覚に襲われた。周囲を見回すが、地面が揺れたわけではなさそうだ。


「? 何も起こらないじゃない。ちょっと身構えちゃったわ」


 メリュジーヌも特に異常を感じたりはしていないようだ。空狐は一体何をしたのかと不思議に思っていると、彼女が指示を出してきた。


「さあお前達、あの悪魔を倒すのだ!」


 アウローラや蛮族達を軽くあしらうような悪魔を倒せと言われ、困惑するケント達。だがそんな中ジャレッドが剣を構えて走り出した。


「うおおおお!」


 ただのゴブリンである自分こそが勇者達より先に攻め込まなくてはという使命感で行動したのだ。捨て石の覚悟である。


「ゴブリン風情が!」


「あっ、聞いた事あるセリフ」


 メリュジーヌの言葉に、即座に反応するコレット。ジャレッドが走り出すと同時に魔法の準備をしていた。


『ソニックファイア!』


 コレットの手から放たれた高速の火炎は、いつもより弱々しくケントの目に映った。


(あれ?)


「きゃあっ?」


 メリュジーヌが全身を炎に包まれ、悲鳴を上げる。そこに襲い掛かったジャレッドの斬撃を辛うじて爪で受けるが、身体ごと弾き飛ばされてしまう。とても先程まで蛮族相手に猛威を振るっていた悪魔とは思えない様子だ。


(全員が弱体化しているのか?)


 斬りかかったジャレッドの動きも、ケントが見慣れた彼の動きに比べてかなり精彩を欠いていた。それでもメリュジーヌは防ぎきれないのだった。


『シャイン!』


 試しに光の魔法で攻撃するケント。彼が放った浄化の光は、いつもと変わらぬ強さでメリュジーヌを包み込んだ。


「ギャアアアッ!」


 絶叫し、地面に倒れる悪魔。


「なによこれ……どうなってるの?」


 ケントは自分が弱体化していない事を理解し、剣を振るった。


 強力な斬撃が弱った悪魔を襲う。


 誰もがケントの勝利を確信した、その時。


「そこまでにしてもらおう」


 何者かの声が響き、メリュジーヌの身体を障壁バリアが包む。ケントの剣は弾かれ、そばにいたジャレッド共々後方へ吹き飛ばされた。


「……ガープ」


 メリュジーヌの横に姿を現したのは、黒い髪と茶色い目を持つ二十代ぐらいの見た目をした人間の男だった。ガープと呼ばれたその男は、メリュジーヌに右手をかざす。


「巣穴の主に気を付けろと伝えたはずだぞ」


 そこへ男に向かってコレットが魔法を放った。


『ライトニング!』


 だが、ガープは襲い来る稲妻を左手で受け止め、霧散させた。


「無駄だよ、妖精さん」


 コレットを見て薄く笑った男は、メリュジーヌと共に宙に浮かび上がった。


「だが、素晴らしい成果だぞメリュジーヌ。これであと三人・・だ」


 そう言い残し、二人はその場から消え去ってしまった。


「なんだあいつ?」


 呆然と成り行きを見守っていたアベルが口を開いた。


「あれは魔王軍の幹部だな、今はまだ戦うべきではない」


 空狐の言葉が終わらないうちにコレットが悔しそうな声を上げる。


「せっかくみんなの仇が討てそうだったのに!」


「いや、勝手に殺さんといて?」


 地面に倒れながらも意識のあるマキアがコレットにツッコミを入れた。


「そうでした!」


 アイリスがすぐに駆け寄り回復魔法で皆を癒していく。


「さてアベルよ、杖を出せ」


 空狐に言われるまま、アベルは狐の飾りがついた杖を差し出した。


「これからは杖に呼びかけろ。混沌の力をはらってやろう」


 少女の身体から光の球が飛び出し、杖に入り込む。そして人形の目は閉じ、またその場で動かなくなった。


(また僕が運ぶのか……)


 ケントは聖域まで自分で歩いて欲しいと思ったが、場の空気を壊しそうなので黙って見ているのだった。


――――――


巣穴の主 空狐

才能値 無し

秩序ある宇宙:混沌の主から送られる力を無効化する奇跡。

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