「こいつはきついな」
ブレンダを倒し、前線に突入したカストルは独りごちた。とにかく敵の数が多いのだ。加えて確実に止めを刺さないと反撃されるので気を抜く事も出来ない。急激に溜まっていく疲労によって、わずか十数分の戦闘で三十名ほどいた蛮族は半数が地に伏していた。対して鬼族はまだ三分の二以上、百六十体ほど残っている。
「こらあかん。カストル殿、もうええから逃げとくれ」
ジルが呼びかけるが、カストルは首を振る。
「ここで逃げるわけにゃあいかんでしょ。なーに、まだこれからさ」
笑いながら答え、目の前の鬼族を仕留めた彼はまだ余裕の表情だ。だが、このままではいずれ全滅だろう。カストルは現状を打破する方法を求めて考えを巡らせていた。
「クウコ、頼む!」
そこに、アベルが馬に乗って到着した。すぐさま空狐の宿る杖を振りかざし、力を借りる。
『
戦場の空気が一変した。それまで猛然と襲い掛かって来ていた鬼族が、急に弱々しくなって武器を取り落とす者まで現れた。カストルも身体が重くなったように感じ力も出ないが、双剣を振るう事は出来る。この機を逃すまいと周囲の鬼族を次々に斬り捨てていった。
「ケントが来るまで俺達が凌ぐぞ!」
続いて到着したジャレッドとコレットが戦いに参加する。ジャレッドが素早く近くの鬼族をショートソードで斬りつけると、コレットが魔法で追撃した。
『ファイアストーム!』
炎の嵐が鬼族を包む。次々と倒れていく鬼族を尻目に、戦闘力の大幅に落ちたマキアとライオネルは蛮族を救助していった。
「みんなもうちょっと辛抱して、今助けが来るからな!」
傷つき、倒れた仲間達を助けて回る二人。既に息絶えた者も少なくないが、ジルを始めとする多くの蛮族を助け出す事が出来た。
「どうなってるんだい?」
カストルが更に鬼族を斬り捨てながら、やって来たライオネルに尋ねた。
「アベルが神の力を借りる事に成功したのです」
救助活動をしながら答えるライオネル。
「神の力……ねえ?」
戦えるとはいえ自分も弱ったのを自覚しているカストルは、胡散臭げにつぶやくとまた次の鬼族を倒しに向かった。
「お待たせ、僕達も参戦するよ!」
遅れて到着したケントとアイリスは、すぐに戦いに参加する。
ケントが素早く走り、軽々と剣を振るって鬼族を蹴散らしていくと、アイリスは回復魔法であっという間に怪我人を回復させていく。力の衰えた戦士達の中においてまるで衰えを見せない二人の姿は、別次元の存在に見えた。
「あれは勇者ケント……と出来損ないのアイリスじゃないか。出来損ないどころか女神様のような活躍ぶりだな」
カストルもやはりアイリスの事は知っていた。そのために、彼は更に強い疑問を抱くのであった。
ケント達の活躍によって鬼族は半分ほどにまで一気に数を減らした。それでもなお戦いの意志を見せる彼等を迷わず殺し続けるカストル。対照的に、徐々に
「どうしたケント? 勇者たる者、モンスターを殺す事を躊躇うな!」
カストルに叱咤され、そうだったと思い直すケントだが、目の前にいる鬼族の弱々しさが彼の剣を鈍らせる。
(どうしよう、間違いなくカストルさんの言う通りだって解っているのに)
自分に言い聞かせながら剣を振るケントに厳しい目を向けるカストル。そこに、鬼族達の後方から怒鳴り声が響いた。
「撤退せよ! 我らが王の命令である!」
それまで幾ら仲間が倒されようとも戦い続けていた鬼族達が、一斉に踵を返して撤退していく。
「逃がすかよ!」
その背後に追いすがり敵を斬り捨てていくカストル。だが、ケントやジャレッドは追いかける事が出来なかった。
『もう力が
空狐の言葉をアベルが伝える。
「もう神の力も終わりじゃ、深追いすんな!」
「そうだな、深追いは良くない」
意外にもあっさりと剣を納め、戻ってくるカストル。バツが悪そうな顔をしているケントに顔を向けると、笑顔を見せた。
「気を落とすな、新人くん! 誰もがすぐに慣れるものじゃないさ」
そう言ってケントの肩を叩く先輩勇者は、しかし笑顔の裏で彼等の見せた力と行動を分析しているのであった。