ギルベルト達はアガートラームに教わった村を目指す。森を抜け草原に出ると、彼等の目にはそれなりに大きい範囲に広がる人家が映った。かつてモルガーナがたどり着いた時から比べて村は倍程度に広がっている。モルガーナが光竜の力で魔物を追い払うので村人も積極的に領地を拡げてきた成果である。
「あそこにモルガーナがいるのか。過保護な竜の情報では上手くやってるそうだが」
ギルベルトの言葉にトーマスは表情を硬くする。自分は関わっていないとは言え、議会が幼い彼女をこの地に追放したのだ。恨まれていて当然だと思っていた。
「大丈夫っすよ、オレの経験からすると親を恨んでも議会を恨む気にはならないっす」
イジュンの気休めはただの体験談で他の忌み子にも当てはまる根拠は無い。だが、彼にそう言われたトーマスは幾らか気が楽になった。
「人間だぞ! それも黒い鎧を着ている!」
村の監視役であるジョッシュが叫んだ。彼の声に敵意はなく、純粋な驚きによって発せられているのがわかる。
三年前、黒いマントに身を包んでやって来たモルガーナ。そして彼女が何度も語る、いつか迎えに来てくれるという言葉。ジョッシュは、いや全ての村人は彼女の言葉を信じてはいなかったが、ギルベルトの姿を見た瞬間彼は確信した。この黒い騎士はモルガーナを迎えに来たのだと。
「もう来たの!?」
当のモルガーナも驚きの声を上げた。迎えが来るというのはアガートラームにも肯定されていたので疑う事がなかったのだが、もっとずっと先の話だと思っていたのだ。農作業をしていた手を止め、急いで出迎えに走るのだった。
「なんかいっぱい出てきたな」
村の入り口から多くの村人がギルベルト達を見に出てきた。驚いた様子ではあるが敵意は無い事が分かるので、手を振って挨拶をする。
「驚きました。まさかこんなに沢山の人間が生き残っているなんて」
トーマスは滅亡した国にまだ多くの人がいる事に驚いていた。出迎えた村人達をざっと見ただけでも数十名はいる事がわかる。
「だが国家を形成するにはあまりにも少なすぎる。エルバードの協力がないと復興は無理だろうが……」
話の途中で何かを思いついたように笑みを浮かべる黒騎士に、また何か良い事を考えているのだろうと思うイジュン。トーマスは何となく彼の考えている事を察し、自分がどれだけ力になれるかを頭の中で試算していた。
そこにモルガーナが黒いマントをひるがえして駆け寄ってきた。
「お兄さん達、エルドベアから来たの?」
お兄さんと呼ばれる程若くは無いのだが、ギルベルトは笑って答えた。
「ああ、お前を迎えに来たんだ、モルガーナ。俺はギルベルトという」
銀髪の少女は輝くような笑顔を浮かべた。
「私はトーマス。エルバードの国家運営会議で議員を務めております」
トーマスが自己紹介をすると、モルガーナだけでなく出迎えに来た村人達もざわついた。
「エルバードの議員が本当にこんなところまで来るなんて!」
隣国の中枢にいる人間が訪ねて来たという事は、これまで孤立無援の戦いをしていた彼等にとって非常に重大な出来事である。助けが来たという安堵と、本当に信用できるのかという疑いが入り混じり、どう反応して良いのか分からないといった様子だった。
「あ、オレはイジュンっす。モルガーナと同じで南の島に追放されたけど、ギルベルトさんとトーマスさんに島から連れ出してもらったんす」
イジュンの自己紹介でモルガーナは自分と同じ境遇の人間がいる事を知った。しかもこの人達に助けてもらったという。喜びも大きくなるが、戸惑いの気持ちも湧いてきた。
「……私も、ここを出るの?」
迎えが来れば出ていく事になる。そう理解していたが、ずっと先の事だと思っていたのでまだその覚悟が出来ていない。そこにギルベルトが村人を見回しながら口を開いた。
「一つ聞きたいんだが、あんたらはこの国を復興させるつもりかい?」
その顔には、悪戯をしようとしている子供のような笑顔が浮かんでいたのだった。