アガートラームに指定された材料は、おおよそ鎧を作るための材料とは思えないものばかりだった。
「ううむ、キノコがどうやって鎧になるんだ?」
「こまけーことは気にすんな。金属ではなく魔力を物質化した鎧だろう。俺の鎧もそうだしな」
材料を集めながら疑問の声を上げる村人に、ギルベルトが自分の鎧を指して解説した。それに目を輝かせるのはイジュンとモルガーナだった。
「そうだったんすか! だから全然音がしないんっすね!」
「金属じゃないなら軽いの? 私も着れる?」
二人の質問に対する答えはどちらも同じ。
「ああ、そうだ。だから利便性を考えてみんな着るぞ」
若者たちは喜びの声を上げた。
「これで俺も黒騎士っすね!」
「おそろい! みんなとおそろい!」
その日の目標を達成すると、ギルベルトは皆に稽古をつけた。モルガーナは光竜に魔法を教わっていたため、魔法の扱いでは弟子の誰よりも秀でていたが、剣の扱いは教わっていなかったので基本の体捌きからせっせと学んだ。
前向きに努力する年若い弟子を微笑ましく見守りながら、何故こんなにやる気があるのかと少し気になるギルベルトだったが、楽しんでいるようなのであまり深く考える必要は無いかと思い直した。
モルガーナが頑張るのは、ギルベルトに対する好意が理由である。彼女の師に対する想いはイジュンが彼に抱くような憧れとは少々違う。思春期の少女らしい年上の異性に対する淡い恋愛感情と、幼くして親を失った彼女が初めて人間で心から頼れる存在に出会えた安心感、それと純粋に人間的な憧れが入り混じって強い依存心を形作っていた。
傍から見ていたトーマスはその感情を感じ取り、少々危険な兆候だと思っていた。まだ幼いとも言えるほどの年齢とはいえ、ギルベルトのような力強いリーダーに精神面で依存する女性メンバーの存在は、集団に無用なトラブルを呼び込む可能性がある。
(どうしたものか……杞憂であればいいのだが)
「よし、今日はここまでにしよう。身体を休めるのも大切な事だぞ」
そう言って稽古を切り上げ、休息を促すギルベルト。戦わない者達は稽古で汗を流した彼等のために食事や風呂などの準備をしていた。クタクタに疲れた身体を綺麗にし美味い食事で腹を満たすと、黒騎士の弟子達はすぐに寝床に入って寝息を立て始めるのだった。
その夜、モルガーナは物音に気付いて目を覚ました。眠い目をこすりながら外に顔を出すと、そこには一人剣の素振りをするギルベルトがいた。
「悪い、起こしちまったか」
モルガーナの気配に気づいたギルベルトは素振りを止め、彼女に近づいた。
「こんな夜中まで稽古をしているの?」
モルガーナはギルベルトの行いを心底不思議に思って質問した。
「ああ、あまり人前で修業したくないんでね。下手に真似すると身体を壊すからな、お前も真似するなよ? 特に、イジュンには秘密だぞ」
「凄く強いのに、なんでそんなに頑張るの?」
ただただ純粋な疑問だった。尋ねる彼女の曇りない眼差しに、困ったような表情をしてギルベルトは答えた。
「俺は、もっと強くならないといけない。俺より強い奴は世の中にごまんといるから……そんな強敵にこれ以上大切なものを奪われたくないんだ」
そう語る彼の寂しそうな瞳にそれ以上何かを聞くのは良くないと感じたモルガーナは、ただ激励の言葉だけを述べてまた寝床に戻るのだった。
(私も強くなって、ギルベルトさんと一緒に……)
横になった彼女の頭に浮かぶのは、一人でひたむきに剣を振るギルベルトの姿だった。