「そろそろ南進の時期だな」
魔王の城にて、玉座についた魔王が一言呟くと広間に強大な力を持つ悪魔達が姿を現わした。
「黒騎士団の影響で人間達は強化されています。特にC・Dランクの者達はただの壁役だったかつてとは比べ物にならないでしょう」
魔王軍筆頭、青年の姿をしたガープが状況報告をする。フードを目深にかぶり口元しか見えない魔王は、その言葉に口角を上げる。
「……いい傾向だ。希望が大きければ大きいほど、それを打ち砕かれた時の絶望は更に大きい。訓練の真似事をして力を付けたと増長した人間どもに絶望を与えてやれ」
魔王の言葉が終わると、頭を垂れ姿を消していく悪魔達。
「付け焼刃の戦術では魔王軍に通用しない♪ 愚かな人間は、やはり才能がなくては無理なのだと思い知って、半端な希望を与えた黒騎士を恨むだろうね♪」
モノクロのピエロが楽しそうに笑って姿を消す。
「黒騎士団も異世界から来たギルベルト以外は才能値の高い者達だ。結果的に才能値信仰はさらに強まる事だろう……それは我等が神を受け入れるための通過儀礼なのだ」
後に残った黒い鎧が、誰にともなく言って頷く。彼は城の守りを任されているので常に留守番だ。その背中に声をかけるのはメイド服に身を包んだ女性。
「そろそろ準備が整うの?」
「エリザか。次元門の準備はもうとっくに出来ている。足りないのは最後の疎通者だ」
疎通者が十二人揃わなくては次元の狭間へ混沌の主を迎えに行くための門が開かない。この半年間ずっと魔王軍の総力を挙げて探していたが、どこにも見当たらなかった。
「どこにいるのかしらね?」
空を見上げ、遠い目をするメイドだった。
◇◆◇
「ゴールドレイクってどんなところ?」
ゴールドレイクを目指す馬車の中、コレットがマキアに聞く。
「うちもよく知らんけど、なんやでっかい湖があるゆう話よ」
手前のフォックスバローに住む蛮族も、谷の外、それも魔王城に近い場所の情報はあまり知らない。谷の北側が鬼族の支配下にあった事も理由の一つだ。
『ゴールドレイクは巨大な湖と認識されているが、それはまやかしだよ。秩序の主が一柱ミダースの力によって、同じ秩序の主によってしか破る事の出来ない幻術がかけられているのでね』
アベルの杖に宿った空狐が解説を始めた。
「おわっ、びびった!」
突然の声に驚くアベルに変わって、アイリスが仲間達に空狐の言葉を伝える。
「ほえー、なんか秘密の隠れ家ってカンジ!」
談笑する仲間達を微笑ましく眺めながら、ケントは不思議な感覚に包まれていた。それは言いようのない予感。
(何故だろう……何かとても良い事があるような気がする)
わけもなく湧いて来る高揚感。悪い予感ではないとはいえ理由の分からない喜びのような感情を持て余していたケントだが、ふと馬車の中で黙々と腕立て伏せをするジャレッドが目の端に映り吹き出してしまった。
そんなケントの様子に気付いたアイリスが、そっと隣に移動する。
「ケント様、落ち着かないのですか?」
黒い目隠しをしているが、ケントの顔をのぞき込むような仕草で尋ねる。
「うん。悪い気分ではないんだけど、理由もなくワクワクしちゃって」
妙齢の女性に密着されて、ドギマギしながら答えるケント。
(……ケント様の反応が可愛いと思ってしまうのは私の良くないところでしょうか?)
ケントが自分を女性として意識している事に、少なからず喜びを感じるアイリス。より深い関係になる事を妄想する時もあるが、今はこの関係を崩すべきではないと思っていた。
◇◆◇
「ここがゴールドレイクか」
目の前に広がる広大な湖を見渡し、ギルベルトが感嘆の声を上げる。
「団長様! アガートラームがここの真の姿を見せるって」
モルガーナがクラウ・ソラスを取り出して言う。彼女はギルベルトの事を団長様と呼び、他の騎士よりも積極的に距離を詰めるようになっていた。言い方を変えればベタベタしている。ギルベルトは娘のように思っているが、彼女の積極性に戸惑う事も少なくない。他の騎士、特にイジュンなどは彼女の態度を苦々しく思っていたりもする。
「お、おう。それじゃあやってくれ」
団長の了承を得て剣を振るうモルガーナの剣閃から光が放たれ、ゴールドレイクが黒騎士団の前に真の姿を現わすのだった。