ティン王国首都オーティンは「白」を基調とした城塞都市である。その白い世界の中に在って、一際目立つ「灰色の山」が有った。
王立オーティン大学。建築当時そのままの巨大建造物は、汚れ、くすみ、嘗ての白さは見る影もない。しかしながら「全てが灰色」という訳ではなかった。
真紅の女子寮。そして、白亜の学生食堂。
どちらも最新鋭の建造物だ。その真新しさと相まって、大学構内では一際目立っている。取り分け女子寮は「無彩色中の有彩色」ということで、「王都で最も目立つ場所」と評判になっていた。
しかしながら、それも過去の話。「最も目立つ場所」という評価は、もう一つの最新鋭、「学生食堂」に奪われつつあった。
今日も、(不幸にして)学生食堂は目立っていた。例によって、或る特定の箇所が異様な空気に包まれていた。
その空気の発信源は、食堂の「庭」、白い石畳が広がるカフェテラスだった。より解像度を上げて探ってみると、テラス中央に位置した「例の」テーブルと判明した。
後年に於いて「呪われたテーブル」として語り継がれることになる場所に、「四つ」の人影が有った。
三名の女性と、一名の男性。
女性の内、二名はドレスをまとっていた。一見簡素だが、実は王国内でも「最高級」の素材を使用している逸品だ。明らかに「やんごとない身分」の女性達。
これに対して、残りの一名は「大学指定の制服」だった。誰が見ても「大学の学生」と思うだろう。
因みに、男性の方も制服姿。同じオーティン大学生であることは、予想に易い。
オーティン大学生と、やんごとない身分の女性。
四人は、それぞれの所属ごとにペアを組み、向かい合って着席していた。その様子を、不幸にして居合わせた学生達が、遠巻きに、端っこの席から眺めている。
一体、何をしているのだろう?
四人組の内、大学生の方は兎も角、ドレス姿の女性達は部外者なのだ。学生達が首を捻るのも致し方無し、宜なるかな。
尤も、気になるならば尋ねれば良い。しかし、
「「「「「…………」」」」」
誰も尋ねなかった。誰も動かなかった。全員、体を硬直させたまま成り行きを見守っていた。
四人の男女は、「そこに存在している」というだけで学生達を怯えさせた。
一体、何者なのか?
四人組の内、大学生の外観には「誰でも正体が分かる特徴」が有った。
その男女の頭には「人の腕」と錯覚するほど巨大な角が生えていた。それほど巨大な角――ティン、及びティンティンを持つ者は、この世界(マサクーン)に於いて「彼ら」しかいない。
ティン王国第一王子「デッカ・ティン」。そして、アズル辺境伯令嬢「リザベル・ティムル」。
それぞれ「王国随一の有名人」と言っても過言ではないだろう。
では、そんな超有名人達の前に座っている女性は何者か? 元より正体を知らぬ者には、分かる道理は無い。それどころか、大きな勘違い、それこそ「異次元の方向」と言えるほど真実から大きく外れるだろう。そう断言できる特徴が、その二人には有った。
二人とも、外観は「十代」にしか見えなかった。その内の一名は「十代前半」と錯覚するほど幼い容姿をしていた。
しかし、二人の年齢はデッカ達より「上」だ。とても、とても上なのだ。それも当然、そうじゃなきゃ困る。
何故ならば、二人のやんごとない身分の女性は、それぞれデッカ達の「母親」だった。
二人の内、最も若く見える女性は、デッカの母「マルコ・ティン」。その見た目に反して、四人の中では「最年長」であった。
最年長なのに、最年少にしか見えない。その理由の一つは、マルコの体、身長に有った。
マルコは四人の中で最も低く、リザベルより頭一つ分(デッカと比べると二つ分)ほど低い。同じ椅子に座っても、彼女だけ足が地に付いていなかった。足をブラブラさせているので、余計幼く見える。
しかし、それはまだマシな方だ。それ以上に彼女を幼くしている特徴が合った。
それは――マルコの「顔」。マルコは恐ろしいまでの童顔だった。この場に地球人がいたならば「小学生かな」と錯覚するだろう。
そもそも、ティン族は「ティン力」の恩恵で、他種族より若さを保つことができた。尤も、見た目に関しては、努力で覆るほどの微差。特筆すべき特徴ではなかった。
しかし、マルコは「異常」、或いは「別格」。「マルコ、十五歳です」と言っても、彼女に「おいおい」と突っ込めるのは実年齢を知っている者だけ。知らない者は「もっと年下だと思った」と、別の意味で驚くのだ。
マルコの幼過ぎる容姿は、色々な問題を引き起こした。
最大の被害者は、彼女の伴侶、ムケイ・ティン。彼に「ロリコン疑惑」が囁かれるのも致し方無し、宜なるかな。
実際、マルコがムケイと並ぶと「親子」にしか見えない。デッカと並んでも「兄妹」と錯覚された。
マルコが王城のダンスパーティに出ると、正体を知らない者から「(年齢的に)小さいのにダンスが上手だね」と、手放しで褒められた。
マルコが正体を隠して城下町を歩けば、年配の王都民から「小さいのに、お使いかい? 偉いね」と、お菓子を貰えた。
存在しているだけで、色んな人を虜にする。正に魔性の女、マルコ・ティン。
因みに、人前でマルコの実年齢を口にすれば、例え神様でも命の保証はない。
この「ロリお姉さん(忖度)」に対して、リザベルの母「エリザ・ティムル」はどうかというと、こちらも「ロリ属性の魔性の女」だった。
エリザも、異常なまでに(見た目が)若かった。しかも、リザベルとよく似ている。その上、愛称が同じ「リザ」。区別が付き辛く、ややこしいことこの上ない。
エリザ達親子が並ぶと、親子ではなく「姉妹」と錯覚された。「どちらが姉か?」と疑問に思った者は、「体の一部」が並外れてデカいリザベルの方を「姉」と錯覚した。
その度に、エリザはリザベルを「お姉ちゃん」と呼んだ。
その度に、リザベルの顔に「今にも泣き出しそう」と思える歪な苦笑が浮かんだ。
単体でも厄介なのに、リザベルとセットになると未曽有の混乱をもたらす。面倒極まりない魔性の女、エリザ・ティムル。
因みに、人前でエリザの実年齢を口にすれば、例え神様でも命の保証はない。
マルコ、エリザ、そしてデッカとリザベル。
この個性的な面々が一堂に会して何をしているのか? その疑問の答えは、今日の日付を確認すれば自ずと分かる。
今日は八月八日。つまり、惑星マサクーンに於ける「母の日」だった。
デッカも、リザベルも、母の日には、それぞれの母にプレゼントを贈っている。
今年は「互いにオーティン大学生」ということで、母の日の恒例行事を「大学食堂カフェテラス」で開催した。
二人にとって、カフェテラスは思い入れ深い場所だ。だからこそ、母達との思い出作りの場所にした。
しかしながら、二人以外の者にとっては、必ずしも「美しい思い出ばかり」という訳ではなかった。
また、世界滅亡の危機かっ!?
殆どの者にとって、デッカ達の所業に巻き込まれた出来事は、「今生きているのを不思議に思う」と言いたくなるほどの窮地の連続であった。その「悪夢の再来」を予感した者は、存外に多いだろう。
何故ならば、今日もデッカの前に「リザベル以外の女性」がいるからだ。それも二人も。
以前の出来事を知っていたならば、波乱を予感せずにはいられない。
しかし、学生達の不安は、全くの杞憂だった。
そもそも、リザベル以外の女性達は「デッカの恋愛対象外」。その事実を、波乱の中心人物(リザベル)が良く理解していた。
だからこそ、リザベルは全く平静に、二人の為に用意したプレゼントを差し出すことができた。
デッカも、満面の笑みを浮かべながら、リザベルの「それ」と同じものを差し出した。
「「お二人の為に用意しました」」
二人の両手の中に「金属製の白いネックレスケース」が有った。それぞれ赤いリボンでラッピングされていた。その外観から、誰もが「母の日のプレゼント」を想像しただろう。
事実その通り。しかし、「それ」を置かれたテーブルにとって、それは「命を奪う最悪の病魔」だった。
病魔の正体は、ケースの中に入っている「ティン玉のネックレス」。
そもそも、ネックレスを彩る煌めく粒は、元は「ボーリング玉大のピタラ石」なのだ。
その一粒の重さは、少なく見積もっても「五キログラム」。
ネックレスに要したティン玉は五十粒ほど。総重量は「二百五十キログラム」。実際は「それ以上」なのだ。
デッカ達が座る椅子が崩壊しなかったのは「奇跡」としか言いようがない。椅子を軋ませた超重量が、今度はテーブルに襲い掛かった。
デッカ達が卓上にネックレスケースを置いた瞬間、テーブルの脚から「ミシリ」と嫌な音がした。それは「テーブルの断末魔」だった。
たった今、テーブルは家具の神様から「余命一分」を宣告された。テーブルの命運は尽きた。そのはずだった。
ところが、奇跡が起きた。テーブルにとって幸運なことに、この場には「救いの女神」が二人もいた。
テーブルの断末魔が上がった直後、マルコとエリザは同時に声を上げていた。
「「手に取っても良いかしら?」」
二人の申し出を受けて、デッカとリザベルは即応で「「どうぞ、どうぞ」」と許可した。すると、母達は超速で反応した。
母達の両手が、それぞれの前に置かれたケースに伸びた。それを掴むや否や、軽々と持ち上げた。
ネックレスの総重量は二百五十キロ超。二人の体重の何倍も有る。そんなものを持ち上げる力が、二人の体の何処に有ったのか?
それは――二人の頭に生えた「ティンティン」に有った。
母達はティン力を駆使していた。その超能力のお陰でテーブルは命拾いした。テーブルに摂り付いていた付喪神から、二人に向かって感謝の念が送られていた。
しかし、残念ながら付喪神の念は届かなかった。そもそも、二人の母達はテーブルなど全く気にも留めていなかった。
二人の関心は、その手の中に在るネックレスケースに集中していた。それに熱い眼差しを向けながら、二人揃って声を上げた。
「「開けても良いかしら?」」
二人の申し出を受けて、デッカとリザベルは即応で「「どうぞ、どうぞ」」と許可した。 すると、母達は超速で反応した。
母達は、それぞれ丁寧にラッピングを剝がして、ケースの蓋を開けた。
その瞬間、ケースの中から眩い光が迸った。
「「!?」」
母達は、目を細めながら手の中に在るケースを見詰めていた。その視線の先に、白金色の「ティン玉ネックレス」が映っていた。それを直感するや否や、二人は揃って歓喜の声を上げた。
「「何て綺麗なティン玉でしょう」」
マルコにしろ、エリザにしろ、宝石など立場上見慣れている。その中には「世界一」と称されたものも有った。
しかし、目の前に有るネックレスは別格だった。今まで見てきたどの宝石よりも美しく輝いていた。
これまでの世界一位記録を塗り替えるほどのティン玉。それを造ったのは、母達の前にいる、彼女達の息子と娘だった。
史上最大のティン(或いはティンティン)を持つ二人が、協力して、丹精込めて造り上げたティン玉。「マサクーンで最も光り輝く宝石」と言っても、絶対に過言ではない。
しかし、世界一を塗り替えた代償も、それなりに有った。
デッカ達のティン玉は、元は「ボーリング玉大のピタラ石」。質量保存の法則は、今日もシッカリ仕事していた。
二百五十キログラム超のネックレス。それを首にぶら下げたならば、例え「霊長類最強」と言われる女性であっても肩が凝る。
まして、母達は「見た目が十代」なのだ。その体付きは、とても華奢なのだ。「その細い首に自分の体重の何倍もあるネックレスを下げて、無事でいられる保証はない」――と、その場に居合わせた学生達は思った。
しかし、そんな物理法則を嘲笑うのが、ティン族に備わる超能力、「ティン力」だった。
マルコとエリザは、上級貴族のティン力を全力全開にしていた。その上で、それぞれが協力してネックレスを身に着けた。その状態のまま、立ち上がって――
「きゃっきゃっ」
「うふふ」
二人して、飛んだり、跳ねたり、回ったり、踊ったり――全身で歓喜の想いを表現した。
十代(見た目)の女子が、その見た目通り、無邪気にはしゃいでいる。その様子は、とても微笑ましいものだ。「二人の真実」を知らない者であれば、「お母さんの装飾品でお洒落をする子ども」と思い、その可愛らしさに見惚れ、心がポカポカと温まっただろう。
しかし、「真実」というものは、いつも残酷だった。
マルコも、エリザも、どちらも「十五歳の子どもを持つ母」だった。
しかも、首から下げているネックレスの重さは「二百五十キログラム超」なのだ。
それらの真実を知ったならば、誰もが自分の目と正気を疑うだろう。
しかし、実際に「二人の真実」を知っている者――デッカとリザベルに動揺は無かった。それどころか、二人の顔には「神様に与えられた使命を果たした」と言わんばかりの会心の笑みが浮かんでいた。
こんな親孝行(母親に『二百五十キロ超のネックレス』を身に着けさせる)も、この広い宇宙の中には有る。
きっと、地球にも有る。多分。