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第二十二話 遠山左衛門のお嬢様、ご出座

 ティン王国で、最も有名な建造物といえは、殆どの者が「王都の王城」と答えるだろう。王城の威容を見た者は、「ピタラ山脈の一部」と錯覚する。

 それほど大きな建造物だと、中の部屋もそれなりの大きさになる。その中でも、一際広大な部屋が有った。


 王城「謁見の間」。

 白いピタラ石製の空間は、そこに足を踏み入れた者に「無限」を直感させた。全ての王都民を詰め込んでも、未だ「空き」が有るかもしれない。


 その広大な空間に、二人の男性の姿が有った。


 壮年、或いは中年と思しき男性と、十代と思しき若者。

 二人は、広間中央部を貫く赤絨毯のど真ん中で、向かい合って立っていた。

 どちらも目を見張るほどの美形だ。それぞれ白を基調とした簡素な衣装をまとっている為、本体の美しさ、「イケメン振り」が一層際立っていた。

 しかし、二人の顔に見惚れる者は存外に少ない。この二人と出会った者は、その殆どが二人の「額」を見た。


 そこには、一般人(ティン族)が息を飲むほどの、巨大な角――ティンが生えていた。


 年配の男性のティンは「大人の手」と錯覚するほど大きかった。

 年若い男性のティンは「大人の腕」と錯覚するほど大きかった。

 それぞれのティンは、「二人がやんごとない身分である」と、雄弁に語っていた。


 そう、二人は王族だった。


 年配の男性はティン王国国王、ムケイ・ティン。

 年若い男性はティン王国第一王子、デッカ・ティン。

 ティン王国の「ツートップ」と言える存在が、彼ら以外誰もいない謁見の間で何をしているのか? その答えは――「全くの偶然」だった。

 一方が呼び出した訳でも、呼び出された訳でもない。二人とも、偶々気が向いて、謁見の間に足を踏み入れただけ。


 今は「親子」として、四方山話に花を咲かせているところ。この機会に、より一層親子の縁が深まれば、二人にとって僥倖だろう。


 しかし、二人ともそれなりに有名人であるが故に、かかわる者も多い。親子水入らずの機会に「水を差す者」も、残念ながらそれなりにいた。

 今日もまた、無粋な輩が一人、「大甕一杯の水」と錯覚するほどの面倒事を持って、二人の許にやってきた。


 デッカ達が談笑していると、開きっ放しの大扉から白いサーコートに身を包んだ「近衛騎士」と思しき男が飛び込んできた。

 若い男性だった。長身痩躯で、デッカと同い年くらいだろう。その男は、デッカ達の方を向いて、


「殿下っ」


 デッカに声を掛けた。その直後、男はデッカ達の方へと足早に近付いてきた。

 その際、男はデッカだけでなく、ムケイの存在を直感した。


「陛下、ご無礼、平にご容赦を」


 男は二人の前で跪いた。その様子を見て、デッカとムケイは顔を見合わせた。それぞれ頷き合った後、デッカが声を上げた。


「『ブラリオ』。えっと――俺に用事かな?」


 デッカ達の前に来た男、それはポクビィ・ツィンコ男爵の次男坊、デッカの幼馴染にして開襟の友、ブラリオ・ツィンコだった。


 ブラリオは、デッカの言葉を受けて、直ぐに面を上げた。

 その瞬間、彼の視界にムケイノ顔が映った。それを直感した瞬間、直ぐ様目を伏せた。その様子は、デッカだけでなく、ムケイの視界にも映っていた。


「かまわん、面を上げて――申してみよ」


 ムケイはブラリオに発言の許可を与えた。

 すると、ブラリオは超速で面を上げた。それに止まらず、思い切り立ち上がった。その様子は、ムケイの視界にもシッカリ映っていた。


 余は、そこまで無礼を許してないよ?


 ムケイは一寸不満だった。しかし、相手が息子の友人と知っているが故に、黙って無礼を許した。

 ムケイの気遣いに、ブラリオは無自覚のまま全力で甘えた。


「殿下。殿下は王都に来た『ジポング歌劇団』の舞台を見ましたか?」


 ジポング歌劇団。その名の通り、東端の島国「ジポング」からやってきた慰問使節団だ。彼の国の為政者達が肝いりで創設した多芸集団であり、中でも演劇が評判だった。


 アキネイ帝国と同盟を結んで以降、ティン王国も他国と好を通じる機会を設けられるようになった。

 ジポングとは比較的距離が近いので、ティン王国から「この機会にどうすか?」と国交を打診していた。

 その回答として、ジポング歌劇団が遣わされた。今は王都に滞在していて、彼らの芸を存分に披露している。


 ブラリオは、非番の折に歌劇団の演劇を鑑賞しに行っていた。そこで――


「それで、私は『遠山のお金(きん)ちゃん』という舞台を見たのですが――」


 遠山のお金ちゃん。その物語は、ブラリオ曰く「『お金ちゃん』と呼ばれる奉行(ジポングの裁判官)が、市井に扮して囮捜査を行い、悪人達を懲らしめる」なのだそうな。その主人公の呼称を聞けば、誰もが「主人公は女性」と直感する。デッカの脳内にはドレス姿の女性が閃いていた。それが当たりか否か、気になるところではあった。しかし、


「生憎時間が合わず、私はクライマックスの場面だけを視聴してきたのですが――」


 ブラリオがもたらす情報の中に、「劇中にドレス姿の女性の有無」を確認できるものはなかった。その事実を直感して、デッカの眉が「八」の字に歪んだ。

 しかし、「主人公が女性である」という発想は、どうやら当たりのようだ。そう思える言葉がブラリオの口から飛び出した。


「奉行が、『白洲』という法廷で悪人を裁く場面なのですが、冒頭で『遠山左衛門のお嬢様、ご出座』って宣言されて現れたのが――」


 お嬢様。紛うことなく女性だ。誰もがそう思う。デッカもそう思った。ところが、


「女装をした中年男性だったんですよっ」

「え?」

「しかもそれ、劇中でも『女装』ってなっていて――」

「???」


 デッカは首を傾げた。しかし、不思議なことにムケイは動じていなかった。真顔でブラリオの話に耳を傾けていた。


 二者二様の反応を示す中、耳を疑う言葉が、ブラリオの口から飛び出した。


「追い詰められた悪人達が苦し紛れに『証拠を出せ』って言っていたのですが、途中から『チ〇コ(自粛)を出せ』って言い出して――」

「…………」


 証拠と「チ〇コ」。似ている。しかし、全く別のものだ。言うまでもないが「ティン」や「ティンティン」とも全く別のものだ。そんなことは、デッカは元より、ブラリオもよく分かっていた。

 それでも、ブラリオは言わずにはいられなかった。言わずにはいられない想いが、彼には有った。それが、彼の口から飛び出した。


「誰ですか、あんな下品な連中を王都に招き入れた人はっ!?」


 ブラリオの額に青筋が立っていた。その様子を見れば、怒っていると分かる。デッカも、実は少しだけ呆れていた。しかし、


「…………」


 デッカは何も言わなかった。無言のまま視線をムケイに向けた。

 すると、デッカの視界にムケイの表情が写った。それは、何だか悲しげに歪んでいた。


 ムケイの口は、富士山型になっていた。その目の端には、零れんばかりに涙が盛り上がっていた。それを見て、デッカは思わず「父上」と声を掛けた。

 すると、富士山型に歪んだムケイの口が開いた。そこから、震える声が零れ出た。


「それ、余だよ」

「え?」

「好きなんだよ。遠山のお金ちゃん」

「…………」


 ムケイの発言の後、広大な謁見の間は胃が痛くなるほど重苦しい空気に包まれた。




 題名の「ご出座」を「ご出産」と読んだ人は、存外に多いだろう。それはそれとして、次回予告は――書いた方が良いのだろうか? ころころ変わると思うけれども。

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