最近オープンしたばかりの雑貨屋。
元日本で生活していた舞奈渾身のプロデュースで実現した、ウッドストック侯爵家が直営しているお店だ。
ちょっとしたトラブルで気落ちしてしまっていた絵美里だったが、今は目を輝かせ並べられている可愛らしい小物にいつもの笑顔を浮かべてくれていた。
「はあ、可愛い♡……これって舞奈さんのデザインなのかな…センスいい」
「うん。舞奈はさ、商社?で働いていて、マーケティング部門で営業職だったらしいんだよね。だからアイディアとか凄くて。……本当感心しちゃうよ」
思わず零れる感想。
そして俺ははっとする。
(いけない。今俺は絵美里とデート中なんだ……舞奈のこと好きだけど…今は絵美里に集中しなくちゃ)
そんな俺に気づいたのか絵美里はそっと俺の腕をとった。
「……気にしてませんよ?何より私も舞奈さんの事、大好きです。……先輩と舞奈さん、本当にお似合いです」
「あ、え、えっと……コホン。ありがとう。でも今は君を、絵美里だけを見ていたい。……俺はダメな男だと思う。だって3股だし。……でも絵美里の事、俺本当に好きだ。大切な、俺の彼女。……ああ、君は本当に可愛いね」
お店の中。
周りに他のお客さんもたくさんいる。
でも俺は絵美里をそっと抱きしめた。
「えっ?せ、先輩?…ひ、人が…見てます……」
「う、うん。……でも俺、絵美里を抱きしめたくなった。……ねえ、俺だけを見て?今だけでいい」
「っ!?……先輩?……もう♡」
見つめ合い、抱きしめあう二人。
そこから放たれるとんでもなく濃厚なピンクのオーラ。
いずれ語り継がれる伝説の『恋人たちの抱擁事件』
俊則と絵美里の互いを想う気持ちが天元を超え、お客全てが切ない感情に支配され、恋人同士は抱き合い、一人の者は顔を赤くし、お店は甘酸っぱい雰囲気に包まれていた。
※※※※※
たまたま店の管理に訪れていた侯爵家侍女、副責任者で27歳独身のルガリールは後に語った。
『あれは最高のアンチエイジングだった。私のような行き遅れでさえあのオーラ、久しく忘れていた恋心が疼いてしまった。ああ、まさに若返りの極致!!ロナリア様、ああいうの、何とか商品化できませんか?!』
そして後日開発される香水『恋人たちの抱擁』
勇者と美しい聖女。
二人をイメージし、さわやかで甘酸っぱい芳香、そして彼らをイメージする様なクリアブルーの美しい色合いのそれは、数年売り上げのトップに君臨し続けた。
※※※※※
手をつなぎ店を出る二人。
絵美里の手には可愛らしい包装に包まれた商品が小さな袋で揺られていた。
「ありがとう。大切にしますね♡」
「う、うん。……喜んでくれて、俺も嬉しい」
可愛らしいイルカを模した置物。
正直高価なものではない。
でも絵美里はこれを見て一目で気に入っていた。
「ねえ先輩?……舞奈さんとのデートで行った水族館、きれいでした?」
「っ!?……絵美里……ちゃん?」
大好きな先輩と二人きりのデート。
そして私の事を本当に大切に、そして甘々に優しくしてくれる先輩。
だからこそ絵美里は、どうしても今このタイミングで、本当の意味での『想い』を口にしたかった。
絵美里は、悔しかった。
日本にいる時、俊則とデートできなかったことが。
私を選ばず、舞奈さんを選んでしまったことを。
大きく息を吐く絵美里。
そして今まで見せたことの無い様な表情で俊則を見つめた。
「先輩?……ううん。俊則さん……」
「っ!?絵美里?……俺の名前……初めて呼ばれた?」
「……私は高木絵美里。あなたと同じ高校の一年生。……大好きです。中学校の頃から……恋人にしてください」
そして大粒の涙を流す絵美里。
悲しそうな、そして消えてしまいそうなほどはかなげな彼女。
でも俺は。
俺もまた気付けばあの頃……
まだ何も知らない、超初心者だった頃の心が沸き上がる。
散々彼女たちとそういうことをした。
舞奈も、ルルも、そして絵美里にだって……
でもこの瞬間俺は……ただの高校2年生の本田俊則になっていた。
ごくりとつばを飲み込む、自分ののどの音がやけに大きく響く。
そして緊張感に包まれ体中汗が止まらない。
動悸が激しく脈を打つ。
ああ、そうか……
俺はきっとあの時……
中学2年の時……
すでに君の事が好きだったんだ。
「お、お、俺……」
やばい。
緊張しすぎて言葉が……
「は、はい……」
うあ、絵美里ちゃんもなんか……すっごく緊張している?
そして自然と紡がれる言葉。
「……俺、高木さんが好きだ。……でもごめん。俺は高坂さんが…舞奈が好きなんだ。……ありがとう。こんなカッコ悪い俺を……全てをあきらめたダサい俺を……好きになってくれて……」
「……うん。……あーあ。振られちゃった」
絵美里は寂しそうに笑い、彼女の美しい瞳から一筋の涙が零れ落ちていた。
でも……
彼女は今までで初めてともいえる、清々しい顔をしていたんだ。
とても美しく、可愛らしい顔を。
※※※※※
きっと。
もし今も日本で。
こんなシチュエーションだとして。
やっぱり俺は彼女を選べない。
俺は高坂舞奈が好きなんだ。
俺は最低かもしれない。
でもこの判断をした自分が。
俺は誇らしかったんだ。
※※※※※
何故か二人、そのあと大泣きしながら抱き合っていた。
流石に人前では恥ずかしすぎるので今俺と絵美里は小高い王国を見渡せる丘の上に転移して来ていた。
「ねえ先輩?……そ、その……さっきの……わ、忘れてください」
「ん?……うん。絶対に忘れない」
「……は?」
「俺はきっと世界で2番目に大好きな君から心からの告白を受けたんだ。だから忘れない」
「も、もう。……俊則さんはイジワルだね。……もっと好きになっちゃう」
可愛く顔を染める絵美里。
彼女に日本の時の面影はない。
この世界の主人公ミリー嬢。
メチャクチャ可愛くてすごいスタイルの魅力的な女の子。
俺は自然に抱きしめた。
「うあ♡……も、もう」
「可愛い。絵美里……」
そっとキスを交わす。
彼女の柔らかい感触に俺の胸が高まっていく。
「ははっ、この世界に感謝、だね」
「ん?」
「だって今俺は君を抱きしめる事が出来る。愛しても良いって……許される世界だ」
「……うん」
「絵美里、またデートしようね。今度は……海を見に行こう」
「っ!?……はいっ♡」
※※※※※
きっと存在していた絵美里の心の中のわだかまり。
今日のデートはそれを完全に払拭していた。
そして絵美里はもっと俊則を好きになる。
でも、心に決めていた。
『先輩』
私だけの、特別な呼び方。
彼女は俊則を見つめ、沸き上がる幸せに見せたことのないような心からの笑顔を向けていた。
人はすべてを選べない。
だから嫉妬心は絶対に消えない。
だけど彼女は満たされた。
受け入れられる。
自分はおかしいのかもしれない。
でも。
これから先の長い人生。
絵美里はずっと、俊則を、本田先輩を。
この先何があろうと、たとえ裏切られようと。
愛しぬくとこの時に決めていた。