遠巻きにひそひそと噂される。
それがどれだけ居心地が悪いか、今日になってチェビルとオーガイは思い知ったのだった。
「手でも繋ぎますか? オーガイさん」
「校内を歩くだけで手を繋ぐとか有り得ませんよ。火に油を注ぎたいんですか?」
「いいえ。じゃあどうすればこの恥ずかしい状況から脱することができますか?」
「校内デートを申し出たのはチェビルくんですが……」
想定外の恥ずかしさだったとは今更、言えないチェビルだった。
ともあれ調査をしながら校内を練り歩く。
チェビルが見落としそうになった手がかりをさり気なく拾って指摘してくれるオーガイ。
やはりオーガイの手を借りて正解だったとチェビルは思った。
チェビルが見つけた手がかりはそう多くはなかったが、しかし真相に至るには十分だった。
まず当初は闇雲に校舎を歩いていたチェビルに、放課後は部活動があるとオーガイが示唆した。
一般的な学校生活というものに触れて2日目のチェビルにとっては、「そういえば初日に担任教師からプリントを貰ったな」という程度の認識でしかなかった。
しかしこの小中一貫校は部活動に力を入れており、初等部にも多くの部活動があるのだ。
そして帰宅部が多数派とはいえ、部活動に所属している初等部の生徒は少なくない。
ヒントを出されたチェビルはまず部活動の活動場所と所属人数を調べることにした。
チェビルが前日に貰ったプリントには大した情報はなかったが、そこは先に潜入したオーガイが役立つ。
部活動の主な活動場所は、オーガイの案内でなんとか埋まった。
そして実際に訪れてみれば、所属人数についてもおおよそ分かる。
活動していない部活というものがひとつだけあった。
被服部である。
活動場所になるであろう被服室の扉の窓には暗幕のような分厚いカーテンが掛けられており、中に人の気配は皆無だった。
「オーガイさん、被服部というのはどういう部活動なんですか?」
「名前からすると衣服を縫って仕立て上げる、そういう部活動ではないでしょうか」
「衣服を……作るんですか?」
「そうですね」
チェビルにとって衣服は工場による大量生産か、職人による手作業というイメージしかない。
だから小学生が衣服を制作する、という事実にまず驚いた。
野球やサッカーなどの球技はなんのためにあるのか分からないし、興味もない。
水泳や陸上については、役に立たなくもない、という程度だ。
文化部にしたって趣味の延長線上という認識でいた。
それは料理部でさえ家事や趣味の延長線上だと見なしていたチェビルにとって、衝撃的だった。
……この被服部という部活動はなんと生産的なのだろう。
感動するチェビルを、オーガイは微妙な面持ちで見ていた。
◆
さてその無人の被服室だが当然、鍵がかかっていた。
チェビルは周囲を警戒しつつ、オーガイに鍵開けを促した。
オーガイは手を鍵穴にかざし、
「
短く唱えた。
するとフワリとオーガイの髪が風もないのに揺れ、手の平からは光が溢れる。
エルフの多くが持つ【真理魔法】スキルだ。
カチリ、と音を立てて鍵が開いた。
「開きましたよ、チェビルくん」
「ありがとうございます」
誰も周囲にいないことを確認したチェビルは、素早く被服室の扉を開けた。
中は暗い。
しかし【夜目】スキルを持つチェビルと、【暗視】スキルを持つオーガイにとって、完全でない暗闇は問題にならない。
だからすぐに見つけることができた。
「これは……」
チェビルが見つけたのは、機動甲冑という武装だった。
人が着込むことで鬼神の如き力を振るうことが可能となるパワーアシストアーマーである。
それがひとつ、片膝立ちの状態で停止していた。
「オーガイさん。すぐにミサキさんたちに連絡をお願いします」
「分かりました」
オーガイが上着のポケットから携帯端末を取り出し、ミサキのいるマンションに連絡を取る。
その間にチェビルは機動甲冑を観察する。
チェビルに叩き込まれた知識の中に、果たしてこの機動甲冑のカタログデータはあった。
グラスターウェア社の市街戦用機動甲冑ホワイトチャリオットだ。
グラスターウェア社は、アルマンド社の兵器部門と競合関係にあるライバル企業だ。
軍用兵器の開発と販売を行うグラスターウェア社は、様々な兵器を開発しているが、中でも機動甲冑の質は業界で高く評価されている。
その秘密工場が、ここにあった。
「チェビルくん。ミサキさんに繋がりました」
オーガイから携帯端末を受け取り、チェビルは早口で喋り始めた。
「ミサキさん? グラスターウェア社の市街戦用機動甲冑ホワイトチャリオットが1機です」
「ふーん。1機だけー?」
「そう、ですね。他にもあるかもしれません。探してみます」
「うん、よろしくー。こっちは情報収集に当たるよー」
「お願いします。ところでクロさんは?」
「クロさんはねー。知らなーい」
「そうですか……。一旦、切ります。引き続き校舎を調査しますので」
「おっけー。がんばってねー」
通信が切れた。
携帯端末をオーガイに返却する。
「マズいですね。機動甲冑相手に生身では勝ち目がないですよ」
「そうですね、少し甘く見てました。せいぜい重火器くらいのものかと……」
「急ぎましょう。他にもあるかもしれません」
チェビルとオーガイは被服室から出た。
そしてオーガイの
◆
結果として、他に秘密工場は見つけられなかった。
もしくは他にはないのかもしれない。
現場でできることはやった。
チェビルとオーガイはマンションに帰還することにした。
◆
「さすがにミサキさんは帰ってないですね」
「夜は彼女のテリトリーですから。きっと情報を掴んできますよ」
帰ってくるなり、オーガイはポータルを弄り始めた。
これは彼女の戦闘準備、チェビルに手伝えることはない。
予想より上物が引っかかったため急遽、オーガイは自分の戦闘用義体の調整に入ったのだ。
チェビルはといえば、手持ち無沙汰だった。
白兵戦を領分とするチェビルにとって準備することはほぼない。
敢えて言うならクロが調達してきた武装に習熟することだが、そのクロとはここしばらく連絡がついていなかった。
自由奔放なクロだが、仕事はしっかりこなすプロである。
しかしこの段階においても行方をくらませているクロに不満がないわけではない。
実際、オーガイは歩調を合わせる気のないクロのことを毛嫌いしている。
武器の調達はクロの仕事。
そしてその武器を使うのはチェビルの仕事。
チェビルとしては、満足のいく武装をクロが用意してくれると信じたいが……。
「ほんとどこに行ったんですかね、クロさんは」
溜め息混じりの問いかけは、虚空へと消えた。