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11.クロ

 マンションで暇を持て余していたチェビルは、エレベーターがこの階に止まったのを感知した。

 ミサキからは先程、連絡があったばかり。

 このフロアには自分たちの拠点しかないため、ならば残る人物はあとひとり。


 玄関が開き、廊下を歩いてくる足音の主は、リビングのドアを開いた。


「ただいま諸君!! 待ちに待っただろう、クロ様の登場だ!!」


「クロさん!!」


 ダークスーツの男性には、フワフワの耳と尻尾が生えている。

 クロはフォックステイルという狐の獣人であった。


 チェビルはクロが嫌いではない、むしろ好きな方だ。

 オーガイはあからさまに嫌っているが、クロの仕事は常に完璧なのである。

 第三班の実質的な指揮官であるクロは、チェビルが知る大人の男性の中で最も知的でカッコいいのだった。


 一方、オーガイはチラリとクロに視線を向けただけで、自分の作業に戻る。


 ……とはいえ、ここまで音沙汰ないとは思わなかったけど。


 オーガイはチェビルより長い時間をクロやミサキと歩んできたのだろう。

 付き合いが長い分だけ遠慮のない関係とも言えた。


「クロさん、俺の武装は用意してくれましたか?」


「ああ。もちろんだ、想定より工場で作られているブツが危険そうだったから、土壇場で変更することになったが。調整はいつも通り特殊作戦群の技術支援部隊に任せているから、明日の朝には届くよ。……彼ら今晩は徹夜だろうな」


「一体、どんな武装です?」


「ふむ。カタログは多分、見たことがあるんじゃないかな。弊社の兵器部門の製品、軍用パワーアシストスーツの猟豹だ」


「おお、確かに研修でカタログを見たことはあります。確か兵器部門で量産している奴でしたよね?」


「そうだ。しかし今回はチェビルが乗ることが分かっているからな。白兵戦仕様にカスタマイズしてもらっている」


本当マジですか、ありがとうございます!!」


 やはりクロは分かっている。

 品物が機動甲冑なら、それに互角する兵器が欲しかったのだ。


 クロの仕事は裏ルートから兵器を調達してくることだ。

 わざわざ自社で開発・販売している兵器を裏ルートを通じて購入してくるのには意味がある。

 即ち自分たちの所属を明らかにしないためだ。


 堂々とアルマンド社の看板を下げてカチこむこともあるが、どちらかと言えば潜入工作を主な任務とするチェビルら第三班は所属を明らかにしない方がメリットは大きい。

 そのためにわざわざ裏ルートで流れている武装の類を購入し、用意するのがクロの仕事のひとつだった。


「チェビル。操作マニュアルを読んだことは?」


「ないです」


「そうか。それなら操作マニュアルに目を通した方がいいだろうな」


 クロは懐から小さな記憶媒体を取り出して、テレビの端子に差し込んだ。

 リモコンを操作すると、記憶媒体が読み込まれてテレビに操作マニュアルが表示される。


 クロがリモコンをチェビルに渡した。


「じゃあ読んでおきたまえ」


「はい!!」


 テレビの前に座ったチェビルは、素早く画面に目を走らせながら、マニュアルをスクロールしていく。


 クロはその様子を見て、邪魔はすまい、と思いながらオーガイのもとへ向かうことにした。


     ◆


「……何か用ですか、クロさん?」


「オーガイ。君の準備の進捗状況を把握しておきたい」


「……はあ。分かりましたよ、リーダー」


 いくら嫌いな相手とはいえ、クロは第三班のチームリーダーだ。

 オーガイの準備状況を把握したいというのなら、彼女には報告の義務がある。


「進捗率は70パーセントです。チェビルくんの武装が決まっていなかった分、支援武装の選定などに遅れが生じていました」


「なるほど。では問題は解消したな?」


「そうですね。最後の詰めに入ります。明日までには準備完了している予定でいます」


「結構だ」


 クロは満足げに頷いた。

 オーガイは「話は終わりですか?」と問うた。


「ああ。邪魔をして悪かったな。存分に励むがいい」


「言われなくても仕事ですから、手を抜きませんよ」


 ポータルに向き直り、オーガイは支援武装を組み上げていく。

 ふと視界の隅にテレビを前にするチェビルの姿が入った。


 オーガイはチェビルについて、スカウト時にだいたいの能力を把握していた。

 しかし新人研修で磨かれた今、きっとその頃とは別人のような動きをすることだろう。


 チェビルには【完全記憶】というレアスキルがある。

 一度見たものを忘れず、いつでも思い出すことができるという強力なスキルだ。


 噂では第一班のエースとやり合って、勝利したと聞いている。

 チェビルは知らないだろうが、彼は今や特殊作戦群で最も腕の立つエージェントになっていた。

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