秘密工場を発見してから、バックアップ組の調査が本格的になった。
被服室の周辺情報を入手した結果、まず分かったことは被服部の顧問教諭がグラスターウェア社のエージェントから定期的に金を受け取っているという点だろう。
被服部の顧問を金で黙らせつつ、グラスターウェア社の技術者を校内に手引きし、部品をチマチマと運び入れ、完成したら出荷するという流れのようだった。
効率はかなり悪い。
それでもこの秘密工場を稼働させているのは、ソドム島内で法規制されている違法な仕様を組み込むためだと分かった。
つまりグラスターウェア社のホワイトチャリオットには2種類あり、表向きのカタログ通りの機体以外に、規制されている武装や仕様を組み込んだ自社のエージェント用の改造機体があるというわけだ。
企業間抗争により治安最悪なこのソドム島だが、それでも法律というものはあるし、表向き企業はそれに従っている。
今回の違法ホワイトチャリオットに搭載されているのはこのソドム島でも非人道的とされる禁呪兵器だ。
禁呪とは非人道的な魔法全般のことを言う。
禁呪の載っている魔導書は規制されており、普通に暮らしていたら禁呪を習得することは不可能だ。
魔導書の発行には国際機関の検定が入るため、禁呪の載った魔導書というものは存在しないからである。
それでも軍事系企業や国家はそれなりの禁呪を有している。
自社や自国で開発した魔法がたまたま禁呪の条件を満たしていたため隠されたもの、それから国際機関が規制する以前に残された古代の禁呪など、組織の規模と歴史によってはかなりの禁呪がこの世に存在しているはずなのだ。
今回グラスターウェア社が組んだ禁呪兵器に組み込まれている禁呪の出処は、現時点でもって不明だ。
被服室に運び込まれた部品すべてを明らかにしたわけではないし、仮に明らかだとしても部品からでは搭載された禁呪がどのようなものかは推し量ることはできない。
それでも生物兵器や化学兵器ではないことは明らかだから、消去法で禁呪兵器だと判断したのだ。
◆
金曜日の夕方。
初等部の校庭や校舎にはまだまだ生徒が残っている時間だ。
しかしミサキが被服部顧問に接触して情報を抜き取ったところ、金曜日の夕方に被服室で制作された品を運び出す算段になっていることが分かった。
調査や準備にかける時間が足りないのは明らかであったため、チェビルたち第三班は急遽、違法ホワイトチャリオットを運び出そうとするタイミングで襲撃することにしたのだ。
◆
予め学校を休んだチェビルとオーガイは、それぞれ被服室を監視できる場所で待機していた。
ミサキとクロは拠点のマンションから、学校周辺の防犯カメラに侵入して監視プログラムを常駐させている。
お昼休みが終わったすぐ後のことだ。
1台の運送トラックが学校の敷地に横付けされたと、ミサキから通信があった。
それを聞いてすぐにオーガイはトラックをスキャンする。
「荷台が電子遮蔽されていますね。このトラックがグラスターウェア社のエージェントたちで確定でしょう」
「よし、では作戦開始だ。まず敵戦力の把握からだな」
クロが作戦の開始を宣言した。
防犯カメラの映像をチェックしていたミサキが「敵は4人で、見える範囲に武装はありませんねー」と告げる。
分かりやすい武装を持っているわけではないらしい。
ならば、とクロが「オーガイ、敵の持っているオンライン上の電子機器に予め介入を」と命じた。
「了解」とオーガイは短く応える。
オーガイは潜伏している屋上にいた。
厳密にはオーガイ自身は拠点マンションのポータルの中から、電子戦用義体の鈴蘭を遠隔操縦している。
鈴蘭はクオリア社の製品で、運動性能は生身の人間と同様程度のスペックしかない。
しかし電子戦用に高機能な演算装置が組み込まれており、また十分な容量を持った記憶媒体に攻性プログラムや防壁プログラムなど、操縦者が必要なソフトウェアをインストールして使う。
カスタマイズ性が高くプロフェッショナル向けの鈴蘭を、オーガイは気に入っていた。
ちなみに外見はオーダー時に決定したものが固定される。
オーガイは小学生くらいの人間の男子の外見で注文したので、こうして小学校に潜んでも目立つことはない。
もちろん服装はこの学校の制服である。
両足を投げ出して屋上のコンクリートに座るオーガイは早速、敵エージェント4人と物理アドレスが重なるオンライン機器にアクセスした。
4人ともが機械化しているためか、懐の拳銃も電子制御されているのがここでは仇となる。
それぞれの持つ拳銃を支配下に置いたオーガイは、ひとまず拳銃の安全装置をロックする。
他は連絡用だろうか、携帯端末を所持していた。
もちろんこれにも侵入して中身のデータをクロの端末にすべて転送しておく。
通話内容を録音複製してやはりクロの端末に送信するよう設定した。
「あとは……」
電子チップを設置された脳が残る。
しかしチップは大抵の場合、企業ごとに異なる強固な防壁が常駐しており、不正侵入を防ぎつつ検知するようになっている。
グラスターウェア社のセキュリティ担当者の腕前と競い合うのは、最後の手段だろう、勇み足を踏むリスクを犯す理由はない。
「クロさん。手持ちの拳銃と携帯端末は制圧しました。4人とも機械化していますが、そちらにはアクセスしていません」
「よくやってくれた。脳を焼くのは後でもできる、ひとまずそれだけでいい」
クロはオーガイを労い、続いてチェビルを動かすことにした。
「チェビル。拳銃を封じられたエージェントが4人だ。やれるな?」
「はい大丈夫です」
「よし。タイミングは任せる、チェビル。やれ」
渡り廊下で繋がっている被服室の向かい側の校舎、その一室にチェビルは潜んでいた。
被服室は静かだ。
クロの指示通り、4人のエージェントを襲うことにした。